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過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。
by koharu65
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『KAGEROU』- 齋藤智浩
 『KAGEROU』は、俳優水嶋ヒロの処女作として話題になった小説である。
 事前にあらすじも評判も知らずに読んだ。面白かった。軽いタッチで文章が読みやすかったし、筋もユニーク。何より主人公が爽やかで嫌な感じがしない。
 後からamazonの書評などを読んでみたら、ひどく評判が悪くて驚いた。

 (*以下、小説の結末について触れています。これから読もうとされる方はご注意ください。)

 主人公は40代の男、ヤスオ。彼はリストラや借金苦から自殺を決意する。そこへ、どうせ死ぬつもりなら臓器を提供するドナーになりませんか、と誘う男(キョウヤ)が現れる。彼との契約を決めたヤスオは金を受け取り両親に送った後、さまざまな手続きを経て、永遠の眠りにつくはずだったが…。
 
 ヤスオには死を目前にしても悲愴感がない。死に対しての恐怖がないということは、生に対する執着がないとも言える。彼のそういう存在感の薄さ(かげろうのような?)は、もともと主にヤスオの持って生まれた性質として描写されている。一応自殺の原因としてリストラや借金が挙げられてはいるが、その苦悩があまり掘り下げられて書かれていないのも、それが自殺の原因の重要な要素ではないからなんじゃないか。おやじギャグを連発する彼の軽いノリと、キョウヤの提案をそのまま抵抗なく受け入れてしまうところなどは、ヤスオが生に対してもともと執着のない表面的にただ流されて生きているだけの人間として描かれていることの表れだろう。
 死が、いよいよ目前のものとして進行しつつある過程において、彼は偶然自分の心臓を提供する相手の少女に出会う。少女の美しさ、彼女の生への強い渇望や希望に触れることによって、彼は生の意味や意義をもう一度考え直し始める。そして、今までのようにただ自然にあるがままに存在するだけの「生」、つまり、生きるも死ぬも同じことという「生」から、自分の意志の力で生き抜くことこそ「生きる」とことなのだという考えに至る。その象徴が、すでに心臓を移植してしまって他の臓器を移すまでの間、手違いにより目覚めてしまったヤスオが、胸に埋め込まれた人工心臓のゼンマイを手で動かすという動作だ。自分で意識して手を動かし続けなければ止まってしまう心臓。自分自身の手でゼンマイを巻きながら「生きる」ということを始めて強く意識するヤスオ。
 そういう状態にある彼が、自分の心臓を移植した相手の少女と病院の庭で再会する。
 少女の胸の中で鼓動する彼の本物の心臓と、疲れた彼に代わって少女が巻く彼の胸のゼンマイ。彼の心臓が少女を生かし、少女の手が彼の生を継続させる。
 ここがこの小説のクライマックスであり、感動的場面として描かれているのだけれど、全体がコミカルなライトノベルといった作風なので、シリアスに感情移入することはちょっと難しいかもしれない。
 
 終わり方には少し疑問が残った。
 これでは、真剣に生を考え直した今までの過程が全部台無しになってしまわないだろうか。少なくともヤスオよりはずっと生を真剣に見つめてきたであろうキョウヤの死を代替にして、ヤスオを生き返らせる必然性があるのかどうか。流されるままに生きてきて流されるまま死に至ろうとしていたヤスオが生の大事さに目覚めた途端、人の肉体を借りて生き返るなんて。それまでせっかくヤスオの口を借りて語られてきた人の生き死にに関する哲学的考察が、この結末によって、結局は自分が生きていさえすればいいという個人的な生への執着と甦りというレベルに貶められてしまう。

 テンポがよく、最後まで退屈せずに一気に読めるお話である。シリアスな純文学作品であるかのように前評判を煽り立てた宣伝の仕方が悪いのであって、そういう構えで読まなければ、充分楽しめる読み物だと思う。

by koharu65 | 2011-04-04 21:11 | 本・小説・映画 | Trackback | Comments(0)
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