過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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 本心と申すは、一所に留らず、全身全体に延びひろごりたる心にて候。妄心とは何ぞ。思ひつめて、一所に固まり候心にて、本心が一所に固り集りて、妄心と申すものに成り申し候。本心の失せ候はば、所々の用が欠ける程に、失わぬ様にするが専一なり。たとえば、本心は水の如く一所に留まらず、妄心は氷の如くにて、手も頭も洗はれ申さず候。氷を解かして水となし、何処へも流れるやうにして、手足をも何をも洗ふべし。心一所に固り一事に留り候へば、氷固りて自由に使はれ申さず、氷にて手足の洗はれぬ如くにて候。心を溶かして総身へ水の延びるやうに用い、其所に遣りたきままに遣りて使ひ候。是を本心と申し候。
(沢庵著『不動智神妙録』)

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by koharu65 | 2009-09-17 21:46 | 抜粋

 心が一度、どこか身体の一部分に捕えられていると新たに働くときは、その特定の場処から取出して、いま要するところに持ってこなければならぬ、この転換はじつに容易ならぬ仕事である。心は一般に「止」まらせられたところに、停滞することを欲する。転換が楽になされるときですら、時間はかかる。自分のところになつかせたいと思って猫をつないでおくように、心を、その場処場処に括りつけておいてはならぬ。
(鈴木大拙『禅と日本文化』)

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by koharu65 | 2009-09-16 21:09 | 抜粋
 
 一本の木に向うて、其中の赤き葉一つを見て居れば、残りの葉は見えぬなり。葉一つに眼をかけずして、一本の木に何心もなく打ち向ひ候へば、数多の葉残らず目に見え候。
(沢庵著『不動智神妙録』)

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by koharu65 | 2009-09-15 22:21 | 抜粋