過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

カテゴリ:中国ドラマ『蝸居』( 8 )

 『カタツムリの家(原題:蝸居)』という長い中国ドラマを、ようやく見終わった。
 大都市の住宅問題、土地開発・立ち退き問題、拝金主義の風潮、官僚の汚職、愛人問題など、現代中国社会の様々な問題を背景として、夫婦や家族、恋人間のあり方を描いた複雑なドラマで、放映当時、大きな話題となったそうである。
 夫に言わせると、普段どっぷり浸かっている日常生活をドラマで見ても“面白くない”とのことなのだけれど、外国人の目で見ると、中国独特の社会や人間模様を垣間見ることができて、なかなか面白かった。
 
 ドラマを見ていてなによりも感じたのは、中国社会では法的な拘束力よりも人の情による拘束力が強いのだなぁということ。『カタツムリの家』の中の様々なトラブルは、そういう伝統的な人間関係のあり方とお金の問題がないまぜになった結果、発生しているのだと思った。
 これは経済が急激に発達している今の中国社会に独特の問題なのだろうか?そうとばかりは言えないような気もする。確か『紅楼夢』でも、一族の栄華と衰退が宮廷との関係によって左右される様子が描かれていた。
 現代では、栄枯盛衰をともにする単位は、紅楼夢の一族郎党よりももっとずっと小さな、“カタツムリの家”並みの規模に縮小されているけれど、それでも、ドラマに出てくる中国人の多くは個人の欲望のために動くというより、家族や身内の繁栄と幸福のためという動機によって突き動かされているかのようだ。
 
 ドラマには、金持ちの官僚の愛人になる海藻という二十歳半ばの女の子が出てくるのだが、このドラマがアップされているYoutubeのコメント欄には、彼女を非難する声がとても多く、やはり儒教的道徳観が強いのだと思う。
 私は、彼女に同情する気持ちが強い。ただのわがままで享楽的な女の子だとは思えない。海藻は若くて素直で一所懸命に生きている。それだけに社会の風潮や家族の思惑に敏感で、彼女のいろんな選択は彼女自身の自由な意志というよりも、社会の反映であり、世間によって選ばされた結果である。

 最後に、彼女がアメリカに向かって発つことになって、私はほっとした。これで彼女は自由になるのだと。このドラマの結末はストーリー的に見れば偶然の産物ではあるけれど、私は、彼女がこの自由を手に入れるために高い代償を支払ったのだと思えてならない。こんな感想を聞いたら、中国の視聴者は、とんでもないと怒るだろう。コメント欄には、欲望のままに好き勝手をやった彼女が子供を失ったのは自業自得だし、当然の報いだという感想が多かった。
 けれど、それまでのドラマの中の人間社会が、私にはあまりにも複雑で窮屈で殺伐として感じられ、もともと若さゆえの素直で溌剌としていた彼女の自然な感情が、次第にそういう社会に飲み込まれ染められていく様子が暗く重くのしかかってきていたので、アメリカという地が、重い中国社会の拘束から逃れる自由への希望と約束の地であるかのように(現実のアメリカは違うとしても、イメージとして)、感じた。


 近頃、日本の報道では、中国の地方での暴動や騒乱に関する記事をよく見かける。新聞によると、コネが横行し、貧富の差がますます開く不公平感が火種となっているそうだ。
 数ヶ月前、たまたま何かの話をしていて、夫がこんなことを言った。
「中国の社会の不公平さはこの先もずっと変わらないと思う。」
「え?それって、体制が変わっても、ってこと?」
「うん、そう。」
  “結果の平等”を好む日本人の方がずっと社会主義的なメンタリティーを持っているとはよく言われることだけれど。
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by koharu65 | 2011-06-28 20:45 | 中国ドラマ『蝸居』
 中国ドラマ、『カタツムリの家』の中で、またまた興味深いセリフがあった。私の一番好きなキャラクターであるたくましい老婆のセリフだ。

 立ち退きを命じられていた一家だが、いい条件を勝ち取るまでは絶対立ち退かないという老婆の提案に従い、周囲の家がほとんど取り壊されても、ひと家族だけがんばって居座っていた。電気も水道も止められ、取り壊し作業で砂ぼこりが舞い込む部屋の中で、いよいよ年の瀬がおしせまる。
 立ち退きを請け負った不動産会社の社長は、このひどい環境の中で一家が新年を迎えようというのを見て、さすがに気の毒に思った。そこで、老婆に、正月の間自分は田舎に帰るので、その間自分の部屋が空くから、そこで過ごしたらいい、と提案する。
 この申し出を老婆はにべもなく断わる。正月というのは“自分の家”で過ごすものなんだよ、と言って。社長が困惑しながら帰った後、嫁が老婆に尋ねた。
 「お義母さん、どうして断わったの?すごくいい話じゃないの。ちょっと休んで英気を養って、戻ってきてまた戦えばいいでしょう?」
 それに対して老婆は…、

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「人っていうのは、情にとらわれるものなんだよ。一寸の礼を示されたら、一尺の礼を返さなきゃならない。ちょっとした恩を受けいれてしまって、さらにその上で交渉事をしようったって、もう友達関係なんだからさ、友達同士で言い争うことなんてできやしない。
 さっき、あいつが自分の部屋を使ったらいいって言ったのは心からの親切で、何の交換条件もないってことは見て取れるよ。もしそれが見せかけの親切だっていうんだったら、居心地のいい部屋でしばらく過ごして、戻ってきたらまた手のひらを返したっていいさ。だけど、本当に親切にしてくれる人に対してね、その親切を受けておいて、手のひらを返すような真似はできないだろう?そんなことをしたら、こっちが道義に反することになる。
 利害の争いに、個人的な付き合いは持ち込めないんだ。わかるだろう?」
“人呐,是讲感情的。人家敬你一尺,你就还人家一丈。你要接受了人家小恩小惠,你再给人家讨价还价,那就是朋友嘞。是朋友,你还能计较啊。
我看得出这次他让我们去换房子住啊,他倒是诚心的,没有什么交换的目的。如果他是虚心假意,我到要去住他那个好房子几天回来继续跟他翻脸。可是人家呢,真是好心好意地让你去住,你又接受了人家的礼,你回来再跟人家翻脸,那就是我们不地道嘞。
利益之争啊,是不好讲私交的。晓得吧。”

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 この後しばらくして、老婆の素性が明らかになる。実は老婆はかつてそのあたり一帯の大地主の奥さんであり、由緒正しい家柄の出であった。それを知った不動産会社の社長も、「アイヨー、おれなんか足元にも及ばない教養のある家柄の血筋だったのか、道理で太刀打ちできないわけだ…」と恐れ入るのである。
 私も以前の文章の中で、老婆のことを最下層の人間には怖いものがないから…などと書いたが、彼女の怖いもの知らずは実は、最下層で暮らしているからではなく、もともと知識も教養もある上に、世の中がひっくり返る激動の中を生き抜き、上も下も酸いも甘いも経験し世事を知り尽くしたツワモノだからだった。

 それはさておき、この老婆のセリフは、実はドラマ全体の主旋律となっているんじゃないかと思った。
 このドラマの主人公である姉妹の妹の方は、政府の役人と不倫関係にあるのだが、初め彼女はお金を借りた代償として身をまかせたつもりだった。ところがそれがどんどん深みにはまっていく。金銭的な関係と愛情の境目が徐々に見えなくなっていく。
 姉の方の話も、マイホームを手に入れるという金銭的物質的な欲望と、夫と子どもと安心して一緒に暮らせる家族の居場所が欲しいという精神的な要求がごっちゃになってしまっているところからお話が始まっていた。
 さらに言えば、ドラマの中でしばしば現れる中国社会のコネと商売上の取引における便宜との関係。コネという情による繋がりが金銭的な関係と絡まりあうことによって、公平な取引や競争、発展が妨げられているという構図が見えてくる。
 うーん、やっぱり奥の深いドラマだ。

  我想老太太说的这些话就是这篇电视剧的主旋律。
  这篇电视剧的主角们之中,妹妹跟政府的干部有婚外情的关系,开始时她以为为了借的钱的补偿委身,可渐渐陷入感情的深渊,最后认不出了金钱关系与爱情的分界线了。
  姐姐的问题也是同样。她想买条件好的房子---这种金钱物质上的欲望与想要跟丈夫和孩子在一起的安安静静的生活地方---这种精神方面的需求混在一起了,问题都从这儿产生的。
  再说,剧里经常看见的是中国社会里存在的“关系”与交易上的方便的关联。因为感情(或恩情)的关系与金钱的关系紧密结合,妨碍公平的交易、竞争与发展,有这种构图。
  这篇剧,我觉得还是意味深长。


つづく

 
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by koharu65 | 2011-02-25 22:06 | 中国ドラマ『蝸居』
 中国ドラマ『かたつむりの家(蜗居)』を、4分の3ほど見終わった。
 前回、リアルすぎて見るのが辛い、と書いた。感想が二転三転して申し訳ないのだけれど、後半になって、またがぜん面白くなってきた。
 マイホームを手に入れるため節約生活を続けた夫婦が、ようやくマンション購入までこぎつける。あとは建築中の建物の完成を待つばかりとなるが、その間に、夫が事件に巻き込まれ警察に捕まる事態が発生する。これは夫がアルバイトで個人的に依頼された設計に関わることで、妻は、自分がマイホーム購入に拘ったことが原因だとひどく後悔する。
 自分が夫の稼ぎが悪いと尻をたたいたからいけなかったんだ、夫が助かるためならマンションを売ったっていい、一番大切なのは夫なんだ、そもそも地元で両親や子どもといっしょにのんびりとした生活を送ってればよかった、と今までの自分の欲望が根本的に間違いだったことに気づく。
 こうしてストーリーだけ書くと、なんだか道徳的教訓のように思われてしまいそうだけれど、脚本(セリフ)と役者の演技がとてもよく、流れが自然だし、前半があまりにも殺伐としていたので、人の温かな感情のやり取りが見る者に安心感をもたらす。
 “善良な市民”である主人公夫妻の物語と平行して、不倫に走る妹とそのお相手の高級官僚との関係も、次第にお金だけの結びつきでない様相を帯びてくる。高級官僚がその若い女の子に惹かれたのは、彼女が、白血病で早世した大学時代のマドンナにそっくりだったからで、彼は彼女との関係の中に、自分の青春時代の面影を追っていた。一方、彼女の方も、結婚を約束した同世代のボーイフレンドよりも、年配の男の包容力のある落ち着いた態度に心から惹かれていく。
 損得勘定や欲望だけで動いているかのような前半のお話から、だんだんと、人の温かな感情や抜き差しならない繋がりを描くようになってくると、ドラマはずっと面白くなってきた。
 さて、結末は如何?


  我看完了中国电视剧“蜗居”全篇的四分之三。
  上次我在这博客上写过,“这部剧太现实了,看腻而够烦”。可是我后来看后半时,觉得越看越有意思。
  前半的故事表现的是把物质与欲望为主,这有点枯燥无味。不过后半慢慢开始描写人的温暖的感情与进退两难的人际关系,这就有意思了。
  还不知结尾如何。


つづく
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by koharu65 | 2011-02-19 17:24 | 中国ドラマ『蝸居』
 中国ドラマ『カタツムリの家』からおもしろいと思ったセリフをひとつ紹介してみよう。

 再開発地区に指定されて立ち退きの通知を受けた家の主人が、立ち退き料を貰う手続きに必要だからと、あわてて引き出しから戸籍謄本を探す。現金が手に入るというので、喜び勇んで手続きしようとするのである。それに対して、母親である老婆が息子を止める場面。

--------------
老婆:「他の連中は金を貰って新しい部屋を買おうってんだろうが、あたしらは、金を貰ったからって何ができるのさ?今どき、20平米なんて狭い部屋、用意してくれるもんか。40平米くれるとしたって、郊外の上に、8万から10万の不足分を出さなきゃならないんだよ。おまえ、そんな金、あるのかい?」

嫁:「じゃあ、お母さん、いったいどうしろって…。」

老婆:「引っ越さないのさ。手続きしないで、ただじっと待つんだよ。」

息子:「だけど、最近はあちこちで強制立ち退きされてるっていうじゃないか。死人が出たって話も聞いたぞ。俺ら、普通の庶民があいつらと戦うっていうのか。そりゃまるで、卵が石にぶつかっていくようなもんだ。」

老婆:「試してみるさ。取引するったって、こっちにはこのぼろい部屋があるだけ。他に何があるって?金も学も地位も、手に職も、何にもない。あるのはこの部屋だけ。これがあたしらの唯一の資本ってことだ。
 だけどね、あたしらは卵じゃない。石なんだよ。肥溜めの石積みの石さ。あいつらこそ、あたしら一家のためだけに、つかんだ金を放すなんて真似、しやあしない。たとえ最後になったって、やつらの肉をひとかけ、食いちぎってやろうじゃないか。骨までしゃぶろうというんじゃなきゃ、あいつらだってそれくらい喜んで差し出すさ。
 あいつらにも弱点があるんだよ。あいつらこそ卵さ。あたしらはただここに座って、向こうからぶつかってくるのを待てばいい。」

息子:「そんな…、そんなこと…できるのか?」

嫁:「お母さんはなんてったって、いろんな経験をしてきた人なんだし。まあ、お母さんの言うとおりにしてみましょうよ。」
--------------
 
 このセリフを聞いて、私はすぐに、村上春樹が、昨年の2月にイスラエルの文学賞“エルサレム賞”を受賞した際語った卵と壁の話を思い出した。
 彼は、システムを固く高い壁に例え、私たち人間をそれにぶつかれば簡単に壊れてしまう卵に例えた。ところが、この中国の老婆はどうだろう?自分たちは卵なんかじゃない、石だと言う。しかも厠の穴の壁を補強するために中に積み上げる石積みの固い石だと言うのである。おもしろいと思った。そう言えば、ロシアの小説に出てくる農民も石のような農民が多い。ノーベル賞の候補になるような小説家の言葉が、必ずしも真理を透徹しているとは限らない。一介の老婆の見識がよりリアルに重みを持って響くこともある。



  下面介绍一下从中国电视剧“蜗居”中我觉得有意思的台词。

  场面是这样;有个小巷里的老房子的房东收到了拆迁的通知。他因为手续方面的需要着急地找抽屉里的户口本。因为他觉得能得到现钞,高兴地积极要手续。他老母亲却阻止儿子去着急地申请拆迁。

--------------
老太太:“人家拿钱去买新房子了,我们拿钱够干的什么呀?现在哪有是造一个20平方米的给你呀。即使给你一个40平方米的,还在郊区,让你贴个10万8万的。你有钱吗?”

儿媳妇:“那妈你的意思是。。。”

老太太:“不搬。不去登记。就这么待着。”

儿子:“可是现在在强迁的多得是。有的地方还出人命了。我们这种平头百姓跟他们斗啊。那不是鸡蛋碰石头吗?”

老太太:“那就试一试呗。你跟人家谈条件的,只有这间破房子。你还有什么?金钱、技术、学识、地位,你什么都没有啊。就这个。这是我们唯一的本钱嘞。
   可是我们不是鸡蛋。是石头。是茅坑里的石头。他们呐,才不会为我们这一家舍得放弃那到手的钞票呢。即使最后啊,我们啃下他一块肉来。只要不动他筋骨,他们还是会愿意的。
   他们有弱点。他们才是鸡蛋呢。我们就坐在这儿,等着他来撞我们。”

儿子:“这,这能行吗?”

儿媳妇:“妈是老江湖。我们就照妈说的去做。”
--------------

  我一听这个台词就想起来了去年2月份村上春树获奖以色列文学奖时讲的“鸡蛋与墙壁”的故事。
  他把体制比喻了又高又硬的墙,把我们人类比喻了碰它就容易弄碎的鸡蛋。但这个中国的老太太怎么样呢?她说她们不是鸡蛋,而是石头。而且是茅坑里的石头。这个话,真有意思。我想起俄罗斯的小说中的农民也像石头的农民比较多。能当诺贝尔奖的候补人的作家讲的话不一定透彻出人世的真理。有时只是个普通的老太太的见识就让人感到更实在更有威信。


つづく
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by koharu65 | 2011-01-11 09:30 | 中国ドラマ『蝸居』
 昨日紹介した中国ドラマ『蝸居(カタツムリの家)』がすごくおもしろいと思ったので、北京の夫に、見たことある?と聞いてみた。すると、
「見たことはないけど、噂には聞いてる。」
とのこと。見たいと思わないの?と重ねて聞くと、きっぱりと断固として、見ない、と言う。現実的なドラマは見ないのだそうだ。
「え~、でも、このドラマは現実的だけど、それだけじゃなくて、社会批判があると思うよ。」
「そういうのは、今、中国の流行りだからね。」
 そうか…。流行りなのか…。
 そう言えば、ちょっと前に夫が紹介してくれたお薦めの映画は『山楂樹之恋(サンザシの恋)』という純愛映画であった。
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『サンザシの恋』
 中国の70年代から80年代にかけての文化大革命中、ちょうど日本の戦時中のように結婚前の男女交際が厳しく監視されていた時代のお話です。初心な青年と少女が純粋な恋をするお話。恋する二人とそれから背景の田舎の光景が、もう美しくて美しくて。まるでこの世のものとは思われない桃源郷に入り込んだよう。
 ストーリーは本当にシンプルなので、あえて紹介しません。昔、『一杯のかけそば』という話が流行ったけれど、あれもただあらすじを言ってしまえば、なんのことないのですよね。物語と言うのは、あらすじだけじゃない、それをどう語るか、どう見せるか、「語り部」の力というのが重要な役割を果たしてるのだということをつくづく感じます。
 さすが、巨匠、張芸謀監督。映像として美しく見せる手腕に長けていると思いました。
 興行的には大成功をおさめているらしいですが、一部の評論では、評価が低いようです。深い思想がない、とのこと。しかし、いったい何を以って「深い思想」と言うのか。『サンザシの恋』は、純粋な風景の美しさ、純粋な人間の感情の美しさを、どう観客に伝えるか、練りに練られて作られた作品だと思いました。
 この映画が批評家に“深い思想がない”と低く見られるということと、夫の言った現実を描く社会批判的なドラマが今の中国の“流行り”だということとは、何か関連があるような気がします。
 『サンザシの恋』は、現代の中国に失われた、或いは忘れ去られようとしている純粋な風景や感情を再現することによって、人が如何に美しい心を持ち得るかということを思い出させ刻みつけるという意義を持っていると思います。

 熟練の俳優ではどんなに上手く演技しても、本当の少女や青年の純粋さは表現できないということで、主人公の二人はオーディションで選ばれた新人で、この映画がデビュー作だそうです。
ヒロインの女の子が、まあ可愛くて可憐で素朴で。演じたのは周冬雨という18歳の、まだ高校生の女の子です。
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 さて、話を元に戻せば、映画とドラマを比べるのはそもそも無理があるかもしれないが、確かに『サンザシの恋』は見ていて心が洗われるような気持ちになるけれど、『カタツムリの家』は、特にその現実の社会の中に生活している人間からすれば、既に見飽きてうんざりするばかりだと思うのにも頷けることではある。


   因为我觉得上次介绍的电视连续剧“蜗居”非常有意思,所以问了我丈夫,你看过了没有?
   他回答说:“没看过,但听说过。”
   我再问“你不想看吗?”,他断然地说“不看”,还说“我不看现实的”。
“可是,它不只是现实的呀,而是对社会批评的。”
“那种东西,现在在中国很流行。”
哦,是吗。。。,是流行吗。。。
   这么说我想起来了,以前我丈夫给我推荐的电影叫“山楂树之恋”,是描写纯爱情节的电影。

《山楂树之恋》
   这部电影是中国70年代文化大革命中,正像日本二战时代,对结婚之前的男女关系管理的特别严格的时代的故事。是纯洁的青年少女谈纯粹的恋爱的故事。谈恋爱的这两个人的模样和农村的风景都很漂亮、非常美丽,观众会感到貌似误入了世外桃源的样子。
   情节很简单,不必介绍。情节上它没什么特别的内容,但一个电影作品中情节并不是最重要的,更重要的是把它怎么讲、怎么表现的具体方法,这是跟讲述的人的具体能力有关系。
   张艺谋导演还是巨匠。他擅长怎么构造美丽的风景从而给人印象深刻表现怎么的感情。
   虽然演出成绩很好,可是听说一部分的评论不怎么好,说是这部电影没有很深的思想。“很深的思想”指什么呢?评论家认为它没有很深的思想,与我丈夫说的现在的中国流行描写现实生活并对社会批评的剧作,我想这两点好像有什么关联。
   “山楂树之恋”再现啦现在的中国失去的或要忘记的纯粹的风景和感情,我觉得它用这种方法让人们想起并刻画人能拥有那么纯粹的感情,这是很有意义的事。
   导演认为如果采用熟练的演员,演得怎么好也表现不出来真正的青年少女的纯洁,所以主角的两个人通过海选从很多人中被选出来的新人。两个人都以这部电影是最初出演的作品。
   女主角多么可爱多么纯朴!演的人才18岁是高中学生,名字叫“周冬雨”。

   话回到前面,也许本来电影作品与电视剧不能比较起来,可我承认确实看“山楂树之恋”时,感觉心里被清洁得很干净,可看“蜗居”时,特别对在那社会的现实中生活的人来说,已经看腻而够烦的了。


つづく
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by koharu65 | 2011-01-04 08:58 | 中国ドラマ『蝸居』
 前回、中国ドラマ『カタツムリの家』を、見ごたえがある、とずいぶん褒めた。もしかしたら感想を書くのがちょっと早かったかもしれない。
 始めは住宅問題が中心だったのが、だんだん主人公の妹の不倫話が中心になってきた。悪代官に手籠めにされた町娘は、物質的な欲望が満たされる快楽にだんだんと身を任せるようになり、自ら進んで悪代官との情事を楽しむようになってきた。
 こういうのは見ていて、あまり気持ちのいいものではない。愛もお金で買えるということを否定はできない。けれど、それはとても虚しいことのように思う。金で手に入る愛はつまらないと思う。それはたぶん、愛の価値ある部分は、それを手に入れたという結果ではなくその感情を育む過程にあるからだろう。


   上次我写过,电视连续剧“蜗居”有观看的价值。也许我写感想写得太早了。
   开始时以房子问题为主的内容渐渐变了以主人公的妹妹的色情事为主了。狗官强占的民女越来越沉溺于很快能满足物质欲望的快乐,她开始愿意享受跟狗官的那些情事。
   我看这种场面,心里有一种说不出来的滋味。我不能否定爱情也可以拿钱就能买到,这是事实。可是我觉得那种方法很空虚。为什么用钱能买到的爱情是空虚呢?那是可能爱情有价值的部分不是在于得到的结果,而在于养成其感情的过程。

つづく
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by koharu65 | 2010-12-23 22:03 | 中国ドラマ『蝸居』

电视连续剧 -『蜗居』

   最近我一直在看中国的电视连续剧“蜗居”。非常有意思!它2009年一上映就非常受收看者的欢迎,成了2009年最火的电视连续剧了。现在才提起它的话题有点过时。

   内容:主角是住在大城市的大学毕业的白领夫妻。他们为了得到自己的房子暂时住在像蜗居的狭小房间,努力节约。以大城市里的房子的问题为中心,描写情感与社会的问题。
   舞台好象是上海,可剧中使用的是假想的城市名。
   这部电视剧火的原因,说是它很实在的描写现在中国的社会,因而得到了许多收看者的共鸣。它确实接二连三地暴露了当下的现实与真心话。可我觉得这部剧表现的不只是故意暴露现实的。

   主角的夫妻住的是小巷里的有共用厨房、共用洗手间的租房。其实主角的夫妻在这里跟其它的住民性质不同。两个人都是大学毕业的白领,其它的住民大多数是连初中都没正式毕业的低层社会的人们。丈夫跟只管节约的妻子说道;“我们住在这种地方,你也变成像他们小市民了”。
   其它住民脑子里根本不存在要买更好的房子,从前到今,他们一直住在这儿,能过日子已经觉得不错。他们拥有如果偶然地有机会能得到比现在更好的条件就绝对不放弃那机会的单纯的坚强意志。怕失去的只有自己的生命。他们的人生观跟那些大学毕业的知识分子根本不同。
   那丈夫的台词就表现着啦,那夫妻两个人都有自尊心、有梦想、有理想。妻子妹妹的男朋友批评说;“你姐姐太虚荣了,因为他的虚荣你也没必要卷进这事情”。可是很爱姐姐的妹妹怎么看也觉得姐姐不像爱虚荣的人。她不认为姐姐为了虚荣、为了面子拼命要买房子。
   夫妻的苦恼代表着穷人与富裕人之间越来越增加的中产阶级的人们的苦恼。有名的大学毕业了前途宽广,就有了相当不错的职业,有学问与见识,能想象广阔的世界,能谈艺术、政治、世界趋势。拥有这种有能力的他们心里描绘的理想美貌家庭的速写,又自己应该能得到的样子怎么这么努力都得不到的,他们的心里总有这种焦躁。
   最重要的是;这部电视剧表现的是可以称为中产阶级的夫妻为什么这样有经济方面的压力,因此连家族之间的羁绊与爱情都被破坏,这个根本的原因在社会与制度的矛盾。这就是很强烈的对社会批评。

   一方有因房价不断的提高而苦恼的老百姓,一方有暗中操纵房价从而得到利益的商人与官僚。在剧里描写商人与官僚怎么谋私利的具体方法。
   其中一个官僚跟政府的开发土地的业务有关,跟商人勾结谋私利。狗官强占民女。他爱上主角的妹妹。欺负弱者只关心沾便宜,一点都不感觉到道德方面的罪恶感可他爱上纯洁的年轻女孩,从金钱方面去救出来这女孩。阴谋诡计时的他的冷酷的眼神与那又可爱又明亮的女孩面前表现的像可靠的绅士模样为善的笑容是又可怕又可笑的。

   这部电视剧里社会中各种各样的层级的人都出来啦,并且每个人物描写的都很具体。因此这部剧有深度与宽度,它确有观看的价值。
   另外,出演的演员都演得很棒。剧里常常有很长的台词,每个演员都(连80岁左右的老太太也是!)演得很自然并像真实的。

   全电视剧35集,目前我只看了三分之一多。好像以后的情节里有婚外情或情人等的话题出来。我觉得,那种话题也不只是因为煽动情感的话题让人受欢迎。非道德的欲望真的是很多的人的真心里吗?我倒是想,社会里很多人需求的是家族之间的温暖的爱情和道德,这部电视剧表现的本质是对不是自私自利的话活不下去的社会的气愤。

   里面有很多台词,让我感叹。我想把一些好的台词试翻成日语。
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by koharu65 | 2010-12-19 20:56 | 中国ドラマ『蝸居』
 最近、中国の連続テレビドラマ『蝸居(カタツムリの家)』にはまっている。すごくおもしろい!2009年末に中国で放映されて大ヒットになったドラマなので、今ごろ話題にするのは少々流行遅れなのだが。

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 大都市に住む大卒出のサラリーマン夫婦が、自分たちの家を手に入れるために、カタツムリの殻のような狭い部屋に住んで節約生活を送る中、理想と現実の狭間で様々な問題にぶつかるというお話である。
舞台はおそらく上海と思われるが、ドラマの中では架空の都市名が用いられている。
 このドラマがヒットしたのは、今の中国の現実をリアルに描いて視聴者の共感を得たからだと言われている。確かに身も蓋もないような現実と本音が次から次へと露になる。しかしこれはただの露悪的なドラマではない。

 主人公の夫婦が住んでいるのはキッチン、トイレ共有の路地裏の集合住宅だが、実は、ここに住む住人の中で彼らは異質な存在である。夫婦は二人とも大卒出のホワイトカラーで、他の住民の多くは中学もまともに出ていないようなブルーカラー。節約することしか頭にない妻に向かって、夫が、「こういうところにいるから、君も他の住人のような小市民になってしまう」というセリフがあった。
 他の住民は、今いる場所を離れて別の広い家を持つことなど、はなから考えていない。昔からずっとその狭い場所に腰を落ち着けてそれなりに暮らしてきた。それで更にそれ以上のものが手に入るチャンスが転がり込むのなら、それに越したことはない、石にかじりついてでもそのチャンスは逃がさない、というシンプルな逞しさを持っている。失って惜しいものは自分の命だけ。大卒出の二人とは根本的に生き方が異なる。
 さきほどの夫のセリフからもわかるように、大卒出の二人にはプライドがあり、夢があり、理想がある。妻の妹のボーイフレンドは「君の姉さんは見栄っ張りなだけじゃないか。分不相応の家のために君まで巻き込まれる必要はない。」と批判する。しかし、妹は姉さんが見栄や面子のために家を欲しがっているのだとはどうしても思えない。
 夫婦の苦悩は、貧しい者たちと裕福な者たちの間で、次第に増えていく中産階級の人々の悩みを代弁している。いい大学を出て、前途洋洋の希望に溢れていた。それなりの給料を貰う仕事に就いた。学問も見識もある。広い世界を思い描くことができ、芸術や政治、世界情勢を語る。そうした能力のある自分たちが脳裏に思い描く手に入れることのできるはずの幸せな家族の肖像を、現実には手にすることができないという焦燥感。
 そして、最も肝心なのは、このドラマが、中産階級であるはずの夫婦がなぜ経済的な問題でこんなにもストレスを抱え、それによって家族の絆や愛情まで破壊されてしまうのか、ということの根本的な原因を、社会や制度の矛盾として描いているという点にある。これは強烈な社会批判だ。

 不動産の値上げに苦しむ庶民の影で、それを操り懐を潤すブローカーや政府の官僚がいて、その巧妙な手口が具体的に描かれる。
 その一人として、政府の土地開発事業に関わり、業者と癒着して甘い汁を吸う政府の官僚が登場する。越後屋と悪巧みする悪代官といった役どころだ。悪代官は明るくて可憐な町娘を手籠めにする。弱者を踏みにじり私腹を肥やすことに一筋の道徳的罪悪感も感じることのない悪代官が、純粋無垢な若い娘に惚れ、金銭的なトラブルに悩む娘を魔法のごとく救う。悪巧みの際の冷たく鋭い目つきと、娘の前で頼れる紳士として振舞う偽善的な優しい笑顔が、なんとも恐ろしい。

 このドラマには社会の様々な層の人々が登場し、それぞれが具体的にリアルに描かれている。そのため、奥行きが深く、視野が広く、見ごたえのあるドラマとなっている。
 それになんといっても役者が上手い。橋田壽賀子顔負けの長ゼリフがしばしば出てくるのに、どの役者も(80前後の老婆役の人ですら!)ごく自然にかつリアルに演技をこなしている。

 全35話のうち、まだ3分の1弱しか見ていない。そのうちに、浮気や愛人の話が出てくるらしい。そういう話にしても、ただセンセーショナルな話題だから人気を呼ぶというわけではないように、私は思う。非道徳的な欲望は、果たして本当に多くの人の本音なのだろうか?むしろ求められているのは、本来の家族間の愛情や道徳であって、ドラマの底流には、利己的でなければ生きていけない社会への憤りが感じられるように思った。

 含蓄あるセリフがたくさん出てきて、感嘆することが多い。次回、ドラマから気に入ったセリフを拾って日本語に訳してみたい。

 Youtubeでこのドラマを見ることができます(中国語)。こちらから。

つづく
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by koharu65 | 2010-12-19 20:55 | 中国ドラマ『蝸居』