過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

カテゴリ:鳥、蛙、魚、犬、猫( 21 )

ミカエルさん

毎年我が家の庭に姿を見せるとのさまがえるのミカエルさんが、今年はいつまでたっても現れない。
池に網を張ったせいだろうか?
残念でならない。




 
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by koharu65 | 2012-08-14 00:16 | 鳥、蛙、魚、犬、猫
 毎年5月半ばを過ぎると、そろそろミカエルさん(我が家の庭に住むトノサマガエル)が現れるのではないかと気にかけるのだが、彼はなかなか姿を現さない。8月になって初めて顔を見せた年もあったから、まだまだなのかもしれないが、もうとっくにどこかにはいるはずなのだ。
 2週間ほど前から、あちこちで盛んにカエルの鳴き声がする。でも、それが庭から聞こえるのか、裏のアパートの辺りから聞こえるのか、少し離れた田んぼから聞こえるのか、見当がつかない。すぐ近くの軒下から聞こえるような気がする時もあれば、遠くの方から響いてくるように聞こえる時もある。
 それに、カエルの声であることは確かだけれど、それがトノサマガエルの声なのか、アマガエルの声なのか、ガマガエルの声なのか、判別はつかない。
 カエルの声は、雨を予告する。雲行きが怪しくなり、湿気た空気が漂い始める夕刻に、勢いを増す。さあさあ、おいらの出番だぜ、とでも言うように。

 ミカエルさんが今年も元気に姿を現すことを願ってやまない。




お知らせ:
生き物に関する記事をまとめた新しいカテゴリー《鳥、蛙、魚、犬、猫》を作りました。過去のミカエルさんの話もこの中にあります。

 



 
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by koharu65 | 2012-06-02 16:36 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

ミカエルさん

 ついにミカエルさん(我が家に住み着いているトノサマガエルの愛称)の撮影に成功!
 数週間前に見たのと、体の色が違う。背中の一本筋が明るくくっきりと浮き上がり、全体に緑がかかっている。前に見た時は、全体的に地味な茶色だった。同一人物(同一蛙)の体色が変化したのか、それとも別人(別蛙)なのだろうか?

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2011.9.6

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by koharu65 | 2011-09-13 21:57 | 鳥、蛙、魚、犬、猫
 
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 “どや顔”の百合


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 私 「ねえ、この姿の美しい花の名前、なんていうの?」
 母 「知らない。高原の道の駅で買ったかな。名札を立てといたんだけど、なくなっちゃったみたい。」


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 ブルーベリー。小鳥と競争で食べる。たいてい小鳥が勝つ。季節の終わり頃になると、もう小さくてすっぱい実しかならない。



 さて、大ニュース!なんとミカエルさんを発見!ミカエルさんというのは、毎年5月頃に庭に現れるトノサマガエルの愛称。
 今年はなかなか現れなかったので、鷺除けに庭の池に張った網のせいかもしれないと思っていた。しかし二週間ほど前、目撃情報があった。目撃者によると、前とは違う色だった、とのこと。
 それからしばらくして、私も植木の水遣りの際に遭遇。水をざっとかけたらぴょんと飛び出し、一瞬で草むらの奥に潜っていった。お召し物が違った。前は緑だったのが、今年は茶色だった。土と同じ色なので目立たない。
 その後、2,3度、目撃。一度は池の中にいた。池の傍らのブルーベリーをもいでいたら、ちゃぽんという音が。金魚にしては音が大きすぎる、もしや?と思って覗き込むと、網の隙間から這い出ようとして失敗したミカエルさんが、水面に顔を出していた。おっ、写真、写真、と思って身動きした瞬間、彼は水の中に潜ってしまった。しばらく水面を見つめて待ったが、出てこない。
 カエルっていうのは、水の中で息ができるんだっけ?
 あ、両生類だ…。じゃあ、待ってても無駄か。

 以前のミカエルさんは、植木鉢の中などでのん気に座っていたり、私が見つめても池の水面に顔をだしてじっとしていたりしたのに、今年のミカエルさんは、どうやら臆病な性格のようだ。写真を撮る隙を与えてくれない。
 というわけで、残念ながら、写真はない。
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by koharu65 | 2011-08-27 22:22 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

鷺と金魚

 我が家の庭の池に、今年はまだトノサマガエルが現れない。例年5月頃じゃなかったかと思って日記をたどってみると、2008、2009年は五月の二十日前後、昨年2010年は七月に現れている。去年は七月と、遅かったわけだが、現れる時期というより、私が気がつく時期がいつか、ということなのだろう。
 まだ姿を見せないトノサマガエルの代わりに、先日、大きな鷺がやってきた。広大なお屋敷の中にある日本庭園に一羽の鷺が優雅に舞い降りたのならば、なかなか風情のある光景となるのだが、やって来た先は、猫の額ほどの庭に座布団一枚半ほどの大きさの四角いプラスチックの桶が埋め込んであるだけの池である。縁日で獲った金魚が7匹、泳いでいた。
 気がついて玄関を開けたときには、鷺はとうに屋根の上に上がっていた。
さっきは確かに池の縁に立っていた。今、鷺は、屋根の上をゆっくりと歩いている。屋根の端の方で雀の夫婦が騒いでいる。
「雀の子をねらっているんじゃないか?」
 と、父が言った。
「えー、雀の子なんて、食べる?魚しか食べないんじゃない?」
と、私。
 父と母と私とで、しばらく屋根の上の鷺を眺めていた。

 池を見てみる。池の水は藻の緑に濁っているので、中はよく見えない。でも普段だったらその緑色の中に朱色のぼやけた塊がふたつみっつとうっすら見えるのに、今はひとつの気配も感じられない。表面は緑色のまま沈んでいる。
 私は、
「ねえ、金魚、全然いないみたいよ。」
と、言ったが、父は、
「木の下に隠れてるんだろう。」
と、のん気に答えた。(池の真ん中には小さな木の根っこが沈められている。)
 園芸用のポットを並べる浅いプラスチックの箱をひっくり返し蓋のようにして2枚並べて池の上にかぶせ、とりあえずの防護策とした。
 一時間ほどした後、居間でテレビを見ていた父が、あ、また来た、と叫び、急いで外へ飛び出したが、玄関の外に出るか出ないかのうちに、鷺は瞬く間に飛んでいった。
 池の蓋にした二枚の箱が全体を覆いきれず、並べた箱と箱の間に隙間があったのだ。今度はもっと大きな箱を探してきて、それをひっくり返して池全体をすっぽりと覆った。
 それからすぐまた、鷺が、今度は隣家の一階のウッドデッキの屋根に止まっているのを、父が発見した。父もずいぶんとめざとい。あんなところに、と思って見ていたら、すっと屋根の下をくぐってデッキの中に入っていったそうだ。父が、あっと、思って駆けつけたときにはもう遅い。
 ウッドデッキの奥には水槽が置いてあって、やっぱり金魚を飼っていたそうだ。私たちは、そんな奥の方までよく入ったねえ、大体そこに金魚がいるってどうしてわかったんだろうねえ、と言いあった。

 隣家では、四匹のうち二匹がやられた。
 我が家の金魚は結局、一匹しか残っていなかった。

「すぐそこに、川があるのになあ、今、鮎の小さいのがたくさんいるぞ。」
と隣家の主人は首を傾げたが、私は、そりゃあ、はしこく逃げる小さな鮎を捕まえるより、逃げ場のない狭い水槽の中をつつくほうが、よっぽど楽だろう、と思った。

 母が近所のご婦人にこの話をしたところ、そのお宅では数年前までご主人の趣味で庭で何百匹もの金魚の稚魚を孵し育てていた、それを鷺がひんぱんに獲りにやってくるので、ご主人が頭に来て、とうとう捕まえたそうだ。その後、生け捕りにしたその鷺を動物園に持っていったら、獲ってはいけない鳥だと、大目玉を食らったんだそうだ。

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by koharu65 | 2011-06-01 23:52 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

黄色い花の咲く場所で

お散歩、お散歩、うれしいな。

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わーい、今日はこんなところで放してもらったわ。
草の匂いが、なんて気持ちいいんでしょう!

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私を呼んでる声がするけど、しらんぷり、しらんぷり。

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しかたないわね、行かなくっちゃ。

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なあに?なんか用なの?

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景色なんて、私、興味ないんだけど…。

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ふわふわね、私もふわふわなの。

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もうお帰りよ、と風の声、もっともっと遊びたかったのに。

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by koharu65 | 2011-05-26 22:40 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

たんぽぽと犬


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 犬はなかなかじっとしていてくれないので、写真を撮るのが難しいのであった。
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by koharu65 | 2011-04-08 21:46 | 鳥、蛙、魚、犬、猫
 繋がれた捨て猫の話の続き。

 妹の、そのうち誰かが紐をほどくんじゃない?という予想は大当たりだった。
 3日ばかり前、いつもの場所に猫の姿が見えなかったので近寄ってみると、空のネコ缶の隣に一枚のメモが置いてあった。メモにはこう書かれてあった。

ネコをしばらないで。キケンです。
犬が来たら逃げられません。
あなたに何かあったらエサはどうするの?
強いネコにしてください。
 メモを読み終えて帰ろうとすると、少し離れた茂みに例の猫が大人しく座っているのに気づいた。紐には繋がれていない。エサも寝床もあるし、もうここが住みかだと心得て遠くへは行かないのだろう。

 さて、その次の日の夕方、いつものように散歩に出かけ土手の階段を降りようとすると、青いビニールシートのあるあたりから年配の女性が二人、出てくるのが見えた。猫のいる場所の方を振り返り振り返りして、何か話しているので、こちらから近寄って声を掛けてみた。
 「猫、いますか?」
 「いるよ。」
 「ずっと前からいますよね。紐に繋がれて。」
 「そうだよ。かわいそうにねえ。あたしら、昨日放してやったんだけどね。今日また繋がれてたよ。」
 「え、昨日、メモが置いてあって。誰か放したんだなって思ったんですけど。」
 「メモはまだあるよ。傘のところに挟んであったから見たとは思うんだけどね。」
 「また繋いだんですねえ。」
 「だから、あたしら、今また放してやったんだよ。」
 猫はすぐそばの茂みにうずくまっていた。
 「ついてこようとしたから、今、来るなって言ってたんだけど。でも、こっちの歩道の方へは出てこないみたい。」

 夕飯の席で、この顛末を家族に話すと、
 「おー、これから繋ぐ人と放す人と、バトルになるねえ。」
と妹が言った。
 母は相変わらず断固とした態度で、放す方がとんでもない、野良猫が増える、迷惑だ、と言う。

今日の夕方、猫の姿はどこにも見えなかった。容器の中には食べかけのエサが残っていた。


   被拴的野猫的故事-续编。

   妹妹说过;过会儿有人会把它的绳子解开。她的预测完全对了。
   三、四天之前我在往常的地方没有发现那只猫,走到眼前看,在猫的食物容器旁边有一张纸,写道;

不要拴起来猫。很危险。
狗过来的话它逃不了的。
你有什么理由不来了,让它就饿死的。
应该给它独立自主。
   我读完就要回去时看见了那只猫在旁边的草丛里乖乖地蹲伏。它没有被拴。它也知道在这儿有吃的有住的,已认为这儿是它的家,不愿意去很远的地方。

   第二天傍晚,我跟平常同样正要下河堤的台价时,看见了两个老太太从摆着蓝色的塑料布的那边走过来。她们一边回头看那只猫的家的附近一边聊什么话的样子,我走过去她们那儿问问;
“猫,还在吗?”
“在啊。”
“好像一直在这,被拴起来的呀。”
“是啊!真可怜啊!我们昨天把它放了,可是今天有被拴起来了。”
“哦,是吗。昨天我看见了有一张便条在那里。我想有人放它了呢。”
“便条还在那儿呢,夹在雨伞那边,所以主人应该看过那张便条。”
   我看见了猫在旁边的草丛里蹲伏。
“它好像要跟着我们,所以我们刚才告诉它别跟着,不过它好像不敢过来到这边的人行道。“

   我在吃晚饭时提了这只野猫的话题。妹妹说;
“有意思。拴派与放开派开始斗争了。”
   妈妈还在坚持原来的态度,不应该放它,野猫多了就给人添麻烦了。

   今天晚上我又散步去的时候,猫不在了。容器里留着吃一半的食物。



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by koharu65 | 2010-12-01 21:54 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

繋がれた捨て猫の話

 先日、紐に繋がれた捨て猫の話を書いた。(果たして捨て猫と言っていいのかどうか。露天で飼っている猫、とも言える。)
 妹がめずらしく犬の散歩に行くというので、
 「猫を見てきてごらん。」
と声をかけた。
 妹が帰ってきて、
 「いたいた。ちょうど通りかかった知らないおばあさんも憤慨してた。まったく気の毒にねえって。そのうち、誰か紐を解く人がいるんじゃない?」
と言う。私も、
 「うん。誰か放してやらないかなって期待してる。自分ではやらないけど。」
と答えると、そばで聞いていた母が、
 「いやだよ。放したらだめでしょ。放したら野良猫になるってことでしょ。野良猫が増えたら困る。ウチに来たらどうするの?」
と言った。
 うーん、そうか。そういう考え方もあるのか。人それぞれ。


  前几天,我写过在草丛里被拴起来的野猫的话题。(不知可不可以叫“野猫”,也许应该叫做“在野外被养的猫”。)
  我妹妹少见地要领着狗去散步。我对她说;“你顺便去看那只猫吧。”
  妹妹回来说;“有了有了。正好通过的老太太也气愤地跟我说了“真可怜的猫啊”。过会儿会不会有人把它的绳子解开?”
  我同意她说;“嗯,我也期待有人放它。不过自己不敢。”
  在旁边听我们的会话的妈妈说了;“我才反对呢。不应该放它呀。放它它就成了真正的流浪野猫吧。野猫多了人就麻烦了。如果它来我们家弄乱院子可怎么办?”
  妈妈说的也有道理。各自有各自的看法。
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by koharu65 | 2010-11-26 20:29 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

らんちゅう

 らんちゅうの話の続き。
 家には大きならんちゅうが一匹いる。水槽で飼っていて、父が世話をしている。近所にらんちゅうの愛好家がいるのだが、年を取って世話が大変になったのと、庭に娘さんの家を建てるので、数を減らそうとあちこちに分けていた。それを父が貰ってきたのだ。大人のらんちゅうを5、6匹貰ってきたのだが、次々と死んでしまって、とうとう一匹になってしまった。
 正直言って私はらんちゅうより流線型の普通の金魚の方が好きだ。らんちゅうの頭のコブがなんとも格好がよくない。尾っぽと泳ぎ方はきれいだけど。普通の金魚は、すっすっとまっすぐ泳ぐ。スピードがある。機敏である。だからゆっくり観賞できない。らんちゅうはのろのろしている。ゆったり優雅に泳ぐ。敵から逃げることなんか、はなから考えにないみたいだ。だからゆっくり観賞できる。でもやっぱり全体のバランスはそう美しいとも思えないので、らんちゅうの何がよくて愛好家たちはあんなに熱心になるのだろう、と思っていた。
 ところが、先日、名古屋の公園で見たらんちゅうたちは、とても美しかった。それはきっと公園のらんちゅうたちが選りすぐりのらんちゅうたちだったからだろう。
 ご近所の愛好家は、稚魚を何百匹と生やす。稚魚は真っ黒で、庭にしつらえた四角いプラスチックの池に十把ひとからげに詰め込まれている。黒い稚魚たちは大きくなるにつれて赤く色づき、それぞれ模様の出方が異なってきたり、ヒレや体の形が異なったり、だんだんと個性が出てくる。そういう見極めがつくようになると、いいらんちゅうだけを選別して残していくんだそうだ。
 「じゃあ、いいらんちゅうになるかどうかっていうのは、たまたまいい模様や色や形が出るかってことで、全くの運ってことなんだね?」
 「何百匹、何千匹と飼って、その中からいいものが出てくるのを期待して待つんだね?」
 むろん全くの偶然だけではなくて血筋があるのだろうけれど。
 先日見たらんちゅうたちは、そういう何万匹、何億匹の中から選びぬかれた精鋭たちだったのだ。私には前頭と大関の違いはわからなかったけれど、どのらんちゅうもとても美しく気品があるということだけはわかった。
 もうひとつ、気がついたことがある。私はいつも家のらんちゅうを水槽の横から見ているのだけれど、品評会ではらんちゅうたちは白いホーローの洗面器に入れられて、人の腰より低い位置に並べられていた。鑑賞者は真上かららんちゅうを眺める。真上から眺めるらんちゅうは、横から眺めるよりずっと美しい。らんちゅうは観賞の仕方までそのように定められて作られているらしい。
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by koharu65 | 2010-10-22 20:49 | 鳥、蛙、魚、犬、猫