過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

カテゴリ:雑感( 267 )

独立国の道

 7月9日、時々読んでいるある人のブログに憲法9条についての記事があり、以下のようなコメントを書いた。

よく「日本も普通の国になるべきだ」という論を耳にします。
しかし、もし日本が他の国家と同じ「普通」になってしまうのであれば、今得ている多くの信頼や立場や関係性を失ってしまうでしょう。
9条があるからこそ、他の国にはない外交における独自性、オリジナリティーが発揮できるのであって、それを手放して普通の国になることは、日本の価値を低めることになるのではないかと思います。


 その数日後、12日の朝日新聞。詩人の辻井喬さんのインタビュー記事を読み、わが意を得たり、と思う。
 (下記、引用)

「自分は独立国である日本の指導者であるという意識が、政治家に希薄になった。これは恐ろしいし、寂しいことです。皮肉な言い方をすると、米国の占領政策の偉大なる勝利です。『国のことは大事だが、君らは考えなくてもいい。米国が面倒みるから』と言われ、受け入れてしまった。米国と仲良くするのは大事ですが、問題はそのやり方です」
「ただ、だから軍隊を持たないと国家観が生まれない、というのは短絡的です。国家観のない国の軍隊ほど民衆にとって危険なものはない。道は細く険しいかもしれませんが、日本は平和憲法とその思想を掲げ、独立国の道を歩むしかありません。」



関連記事:小春日和日記



 
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by koharu65 | 2012-07-22 22:58 | 雑感

総理大臣という係り

2012年7月2日の『5時に夢中』より

ふかわりょう 「マツコさん的には、今後新たなリーダーが現れるとしたら、どういった方に務めてほしいですか?」

マツコデラックス「いやあ、私はリーダーは日本にはもう不要だと思っているので。」

若林史江 「どうしたらいいの?」

マツコ 「いや、だから、その、リーダーじゃなくていいのよ。
 もう係りよ。総理大臣という係りがいるだけで。
 その、リーダー、そのファッショ的なさぁ、今、橋下さんみたいな、特に不景気だと、そういう、なんかもう、そういう人にすがってしまう形というのができてしまうから、その危険性みたいなものは、国民ひとりひとりが感じていないと。
 こういうときに誰かにすがってしまうというのは、とてもある意味危険な部分を秘めてるよっていう、もっとひとりひとりがしっかりしてやっていきましょう、っていう考え方にシフトしていかないと。」


2012年7月5日 朝日新聞より(平田オリザさんへのインタビュー記事)

――強いリーダーを求める声が強まっているのも、社会に対話がないからなのでしょうか。

「私は、今後の日本のリーダーに必要な能力は二つあると考えています。ひとつは『聞く力』。結果論かもしれませんが、小渕恵三さんにはその力があった。鳩山さんも実はそうで、大平正芳―小渕―鳩山は似ているとよく言われます。少しひ弱な印象があるので、リーダーシップと言われたときに思い浮かべるものとは少し違うかもしれませんが、対立を恐れずに自分の意見を堂々と述べることが苦手な日本人の、日本型リーダーシップとしては、そちらの方が有効だと思います。」

「もうひとつは、弱者の文脈を理解する能力です。これまではリーダーシップ教育というと、論理的にしゃべるとか、クリティカルシンキング(批判的思考)とか、欧米直輸入の手法が重視されてきた。しかし本当は、論理的にしゃべれない人たちの気持ちをくみ取る能力の方が大事なのではないでしょうか。」

「原発問題を例にとれば、官僚は、再稼働に反対する人たちは論理的ではないと思っている。しかし、そうだとしても、じゃあなんでそんなに反対するんだということに思いをはせることができるのが、リーダーシップだと私は考えます。」


--------(引用おわり)-------


 マツコデラックスの言っていることと、平田さんの言っていることはたぶん同じようなことなんだと思う。
 マツコさんの「総理大臣という“係り”でいい」というひと言は、感覚的にとてもわかりやすく、胸に届く。本当にこの人はすごい人だなぁと思う。



小春日和日記もよろしく。



 
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by koharu65 | 2012-07-05 21:58 | 雑感

少女

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 何にでも興味があって、きらきらと目を輝かせ飛びついていた姪っ子は、個性的なゆえに周りの女の子に自分を合わせることができず浮いてしまうと、母親が嘆いていた。私はそういう性質こそ大事にすべきなのに、と思うのだけれど、友達との関係がすべてである学校生活において仲間外れになるのは、とてもつらいことだということもよくわかる。
 そういう姪っ子が、だんだんと以前ほど、しゃべらなくなり、中学生になったらすっかりおとなしく、しとやかに、でしゃばらなくなったので、彼女の個性は世間並みに矯正されてしまったのかと、少し寂しく思っていた。

 先週の日曜日、久しぶりに彼女と犬と私とで、散歩に出た。
 河原に着き、きらきら光る水を見た途端、彼女は、
「気持ちよさそう。入りたい!靴脱いで、入っていい?」
と私に聞く。
「うーん、タオルとか持ってきてたらよかったんだけど。濡れたら拭くものがないし。」
彼女は、ちょっと黙って考えた後に、言った。
「この石のところに足を乗っけてれば、すぐ乾くと思うよ。」
「うん、そうだね。うん、わかった。いいよ。」
彼女は、さっそく靴と靴下を脱いで、ぱちゃぱちゃと水の中を歩いた。ごつごつした河原の石の上を転ばないよう注意深くゆっくりと渡る彼女の周りを、犬が大喜びで、くるくると行きつ戻りつする。
しばらくして戻ってきた彼女と私は、突堤に腰かけて景色を眺める。
「すごく、気持ちいいね。こういうの大好き。」
と、彼女が静かに言う。
「見て。あの辺、泥だよ。裸足で歩いたら気持ちよさそう。いい?」
「泥かぁ。汚れるよねぇ。まあ、いっか。乾いたら落ちるよね。いいよ。」
 彼女は再び水の中に降り、泥の上を歩きながら、振り返って私を見た。
「おもしろい!気持ちいいよ!」

 彼女の性質はちっとも変ってないのだと、私はうれしくなった。
 彼女の言うとおり、濡れた足は石の上で乾かしたら、何のことなくすぐに乾いた。


*小春日和日記もよろしく。



 
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by koharu65 | 2012-06-09 21:57 | 雑感

お知らせ

お知らせです。

ヤフーブログにブログを開設しました。

http://blogs.yahoo.co.jp/xdjm65

ここのブログも続けます。

ここでは、本や映画の感想、旅行記、人形作り、花の写真など、写真とともに比較的まとまった文章が多いですが、新しいブログの方は、短い文章を独り言のような感じで、ぽつぽつと書いていくつもりです。

こちらの文章は、なるべく一晩寝かせて推敲しながら書いてます。
あちらの文章は、思うにまかせて、なるべく修正せずに書きます。写真はなし。

もし、興味がありましたら、あちらの方も覗いてみてくださいませ。
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by koharu65 | 2012-05-18 23:12 | 雑感

領土問題

 今年2月の河村たかし名古屋市長の「南京事件はなかったと思っている」という発言や、4月に石原慎太郎東京都知事がワシントンで「東京都が尖閣諸島を購入することにした」という発言などに対して、中国ではさぞかし批判が激しいことだろうと、北京にいる夫に様子を聞いてみると、
「いや、静かなものだよ。どうってことない。」
とのこと。
「ええ?どうして?」
「裏で政府同士の話がちゃんとついてるんだろう。」
「へえ?事を荒立てないほうがいいって両方で了解してるってこと?」
「一昨年の漁船の件で、懲りたじゃないのかな。政治的にもめると経済的に混乱するって。」
「そうだねえ、日本と中国は、経済的にはもう切っても切れない関係だものねぇ。」
「まあ、新聞なんかでは、あの人たちは“瘋子”だから、ってことになってる。それより、今は南シナ海でフィリピンと一触即発の状態だから、そっちの方が大ごとだ。軍艦が出て睨み合ってる状態だから、いつ何があってもおかしくない。」
「どうなるのかな?」
「どうだろうね。最終的には話し合いで双方撤退するんじゃないかと思うけど。」

 領土問題というのは、どちらが正しいかという判断はとても難しい。どちらも手放すことのできない主権を主張するために自国の正しさを信じるしかないのだから。



 先日読んだ『日本の名著33--福沢諭吉』(中央公論社)という本の中で、福沢諭吉の次のような言葉が印象に残った。
「余輩の主義とするところは、戦いを主張して戦いを好まず、戦いを好まずして戦いを忘れざるのみ。」

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by koharu65 | 2012-05-01 12:01 | 雑感

切り捨てられるのは誰か

 4月13日の朝日新聞より、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんの言葉の一部を抜き書きする。

(引用はじめ)
「1億2千万人が住んでいるこの社会はそもそも複雑なものです。議会制民主主義は、10ある利害をできるだけ切り捨てないようにして玉虫色の結論を出すシステムです。一方で待望されているのは、10の利害から1をとって9を捨てられる強いリーダーですね。しかしそこで切り捨てられるのは誰か。おそらく私たちでしょう。」
「議会制民主主義には改善すべき点が多々ありますが、複雑なものを無理にシンプルにしよう、ガラガラポンしてしまおうという欲求の高まりには危機感を覚えます」

「橋下さんが支持を集めているのは『決めてくれる人』だからで、その方向性は問われません。『おまかせ民主主義』の延長に橋下さんへの期待がある。『あっち側』に期待するか、批判するかの違いはあれど、決定に至るまでの調整を誰かにまかせて、観客のような、評論家のような気分でいるという点では、橋下さんを支持する人たちと社会運動はともすると同じ図式の中にはまりこみかねない。どちらも民主主義の形骸化という意味で問題です」

(引用おわり)

 橋下徹大阪市長が政治の場において何をやろうとしているのか、私にはよくわからない。けれど、今まで日本が効率を中心として邁進してきたこと、そして今経済の低迷とともにその価値観が行き詰まっていること、効率や経済中心でない新しい思想が必要だということ、それらを思うと、今まで以上に効率を求め管理を厳しくすることは時代錯誤に見えるし、本当の改革にはならないだろうと思う。
 少なくとも、教育に“効率”という経済的(企業的)論理を当てはめようとする考え方に、私はどうしても賛成できない。
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by koharu65 | 2012-04-24 21:50 | 雑感

大和魂

 夏目漱石の『吾輩は猫である』の中に、主人が友人たちに向かって自分の書いた短文を読み上げ、批評を乞う場面がある。内容は、大和魂について。
 ちょっとおもしろいと思ったので、抜き書きしておく。
(主人が読み上げる短文の合間合間に、友人たちが茶々を入れるのだが、ここでは、友人の言葉を省略し、主人の短文だけを記す。)

------------(引用はじめ)------------

「大和魂!と叫んで日本人が肺病やみの様な咳をした」

「大和魂!と新聞屋が云う。大和魂!と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の芝居をする」

「東郷大将が大和魂を持っている。魚屋の銀さんも大和魂を持っている。詐欺師、山師、人殺しも大和魂を持っている」

「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」

「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示す如く魂である。魂であるから常にふらふらしている」

「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇ったこと者がない。大和魂はそれ天狗の類か」

------------(引用おわり)------------

 
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by koharu65 | 2012-04-22 22:33 | 雑感

福寿草

 東日本大震災から丸1年が経ち、ここ数日、新聞やテレビで特集が多く組まれている。大切な身内を失った人々の声に触れ、そのたびに辛い気持ちになる。何をどう言っても慰めにはならないのだろうと思うし、時が解決するのかどうかもわからない。喪失感は、もしかしたら、時が経てば経つほど増大し鮮明になるのかもしれないし。

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 以下、3月の写真。

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 先日、母が植木鉢の福寿草を買ってきた。

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 これは玄関の下駄箱の上に飾られたお雛様たち。
 私が子どもの頃、我が家での雛祭りは木で組んだ7段の段々に赤い毛氈を敷いて、一番上にお内裏様がいるけれど、その下には、もらい物やお祝い品のガラスケースに入れられた雑多な人形たちが飾られていた。藤娘や博多人形、市松人形など。
 木で段々を組み立てるだけでも大変な作業なので、私たちが大きくなるに従って、いつしか飾るのをやめてしまった。

 
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by koharu65 | 2012-03-10 16:05 | 雑感

きわめて要領の悪い虐殺

 村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にこんな話が出てくる。(小説の中のお話なので、もちろんフィクションです。)
 戦時中、中国大陸の新京動物園にて、戦局が厳しくなる中、猛獣の処分を命令された日本人の中尉が、兵隊たちを引き連れて動物園へやってきた。しかし薬殺用の薬もないまま、彼らは動物たちをどう殺したらいいかわからず、四苦八苦しながら、かなり手際の悪いやり方でやっと処分を終える。
 ひと息ついた日本人の獣医に向かって、中国人の雑役夫が、こう言います。

 彼らは獣医に言った。先生、もし死体をそっくり全部譲ってくれるなら、我々があと始末をいっさいひきうけてあげよう。…(略)…今となってはもう遅いけど、ほんとうは頭だけを狙って撃ってほしかったよ。そうすれば毛皮もいい値段がついたのにね。これじゃまったく素人の仕事だ。はじめから俺たちにまかせてくれれば、もっと要領よく始末してあげたのにさ。獣医は結局その取引に同意した。任せる以外にあるまい。なんといってもここは彼らの国なのだ。
 やがて十人ばかりの中国人たちが空の荷車をいくつか引いて現れ、倉庫から動物たちの死体をひきずりだしてそこに積みこみ、縄でくくり、上からむしろで覆いをかけた。そのあいだ中国人たちはほとんど口をきかなかった。表情ひとつ変えなかった。積み込みが終わると、彼らは荷車を引いていずこへともなく去っていった。動物たちの重みで、古い荷車はあえぐような鈍い軋みを立てた。それがその暑い午後におこなわれた動物たちの――中国人たちに言わせればきわめて要領の悪い――虐殺の終わりだった。…
 

 “きわめて要領の悪い虐殺”の終わりに困惑を感じる日本人獣医と、てきぱきと要領よく黙々と現実を処理していく中国人、この場面が強烈に印象に残っています。
 そして、この話に象徴されるような中国的気質、逆から言えば日本人の弱点というのが、私が中国に(中国人に)魅かれる原因のひとつなのかもしれない。
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by koharu65 | 2012-03-01 23:39 | 雑感
 静岡市の町の真ん中に、お堀に囲まれた大きな公園があります。駿府公園です。その昔、将軍職を退いた家康公が住んでおりました。昔のままの建築物は堀と石垣だけですが、15年ほど前に、東御門やたつみやぐらなどが復元されました。

 (参考:http://koen.city.shizuoka.jp/detail.php?id=123

 市(県かな?)の観光事業の一環として、9年前、公園の中に茶室を備えた庭園も建てられ、私はできたばかりの頃、一度だけ入ったことがあります。先日、たまたま機会があって、庭園に立ち寄り、お茶をいただいてきました。

 冬の平日の午後、庭園を訪れる人はほとんどいません。花の季節でもないので、庭はちょっと殺風景な感じがしました。もうすこししたら、梅がきれいに咲くでしょう。
 私たちが入った時は、黙々と庭の手入れをする人がひとり、いるばかり。茶室の立礼席(りゅうれいせき)は貸切状態で、静寂な空気の中、ゆっくりとお茶とお菓子を楽しみました。
 炉のある本格的な茶室は立礼席の奥にあります。お茶会など催し物がない時だけ見学できます。前にこの庭園を訪れたときは、茶室に入れなかったので、お茶をいただいた後、今回初めて見学しました。
 外から光を取り入れる障子や桟の形に意匠が凝らしてあるのが印象的でした。そうして外空間に繋がっている広間からトンネルのような曲がり廊下を経て、天井が低く狭い真四角の閉ざされた空間にたどり着きます。そこが茶を立てる炉のある部屋です。
 茶の湯のことはよくわかりませんが、これがすなわち無我の境地にたどり着く装置なのかもしれないと、何か特別な精神世界への入り口のように感じられました。

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 立礼席(りゅうれいせき)での呈茶は、お菓子つきで500円です。お茶の種類は4種類から選べます。
 詳しくはこちらを参考に。↓
 http://www.sunpu-park.jp/chashitsu.html
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by koharu65 | 2012-02-13 08:57 | 雑感