過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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一幕のドラマ(夢の話)

 チープなテレビドラマのような夢を見た。エンディングに音楽まで流れるというおまけ付きで。
 ホテルの大広間で、大勢の人がぎっしりと、床に敷いたそれぞれの布団の上で寝ている。私もその中の一人で、うつらうつらしている。誰かが隣に来て何かしゃべってるのを感じた。なんとなくそれは夫であるように思われた。だんだん意識がはっきりしてきて、そこにいるのは確かに私の夫だと認識したちょうどその時、傍に寝ていた女性が起き上がって、うるさいから他で話してくれ、と言う。私は夫とともに部屋の外へ、そして広い廊下から階段へとやってきた。階段は厚手の絨毯が敷き詰めてあり、傾斜が緩やかで幅がとても広い。ホテル全体がお城のように豪華で立派な建物らしい。その階段で、夫は相変わらず私に向かって話すのだが、何を言ってるのかさっぱり要領を得ない。とうとう私が
「結局、何を言いたいの?はっきり言って。」
と問うと、
「借金があるんだ。」
と震える声で泣きながら言う。
「大口の取引先からの入金が期待できなくなった。」
「それだけ?」
さらに聞くと、
「それに家を買った。君と子供のための家を。借金して買ったんだ。」
私は、家なんていらないのにどうして…、と心の中でつぶやく。
 ふと気づくと、そばに夫の両親と子供たちがいる。子供は小学校5,6年生の男の子と、学校に上がるか上がらないかくらいの年齢の女の子だ。両親はなぜかピエロのような格好をしている。そのうちに、義父母からか夫からか離婚と言う言葉が出た。それもいいかもしれない、特に感慨もなく、私はただそう思った。少し心が軽くなるような気がした。
 突然そばにいた男の子が走り出し、女の子も後を追って行った。私は子供たちを追いかけながら思う。ああ、この子達は今の言葉を聞いて反対してるのだ、と。
 目覚める直前に、ドラマチックな歌声がまるでエンディングテーマのように頭の中に響き渡った。今まで聞いたことがない曲で、おそらくこの一幕のドラマのために作られたオリジナル曲なのだろう。

*これは夢の話で、事実とは全面的に異なる。誤解なきよう。
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by koharu65 | 2007-06-30 00:00 | 夢の話

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裸足の指先を濡らす水の冷たさに ふと気づく
耳を澄ませば こぽこぽという水の音
跪いて頬を寄せる
毛細血管の隅々に浸透するまで 清浄な水を何度も口に運ぶ
掬っても掬っても尽きぬ水
乾いた細胞は潤いを得て喜びに打ち震える

水はとめどなく湧き出る
渇きが満たされてのちも 意志の力の及ばぬ場所で 
水は静かに激しく湧きあがる

泉は水かさを増し 池となり湖となる
湖面は鏡のように 木々の緑と空の青さを映し出す
誰も訪れない 誰も知らない森の中で こぽこぽと水の音

水底には死体がひとつ

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by koharu65 | 2007-06-25 00:00 |

テロリストの夢

 「正義」とは何だろう。手元の辞書には「人としての正しい道。正しい道理。」と書いてある。なるほど。立派なものだ。倫理観とか、道徳心に似ている。
 実際の社会では「正義」はしばしば暴力的行為の正当性を主張するために用いられる。飛行機で高層ビルに突っ込むという行為すら「正義」の表明になり得る。彼らにとって「正義」とは、「人」としての正しい道というより、「私」もしくは「私の世界」にとっての正しい道なのだ。或いは、「私」や「私の世界に属する人」以外を、「人」として認識していないということなのかもしれない。
 ある種のエネルギーが暴力となって噴き出すとき、エネルギーの大きさによっては、それは社会をごく短時間で一気にひっくり返すほど力を持ち得る。多数の人間が抑圧され社会が行き詰ったとき、暴力的な方法での変革を余儀なくされ、それが革命という形で成功するときもある。テロリストたちは、自分が社会に抑圧されるのではなく、社会が自分の力の下に屈服するのを夢見てる。
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by koharu65 | 2007-06-22 00:00 | 雑感

三つ子の魂 - 从小看老

[三つ子の魂]

 三つ子の魂百まで、と言うように、人の気質というのは子供の頃からずっと変わらないものなのだろう。時々自分の性格にうんざりすることがあるけれど、これはもう一生付き合わざるを得ないものだと諦めている。
 昔は自分が何者にでもなれるのだと信じていた。意思の力を信じていた。特に学生の身分であるときは、自分の進路は今現在、単に保留されているのであって、自分の意思で何かを選択するまでは何者にでもなれる可能性を自分は所有しているのだと漠然と思っていた。しかし振り返ってみると、人生の行路というものは、もっとずっと早い時期に方向性が決定付けられているに違いない。三つ子の魂が志向するものは、十四のときも、二十歳のときも、そして四十になっても六十になってもきっと変わらないものなのだ。道は始めから特定の方角に向かってまっすぐに伸びている。
 こういうふうに意思の力を軽視し運命に身をゆだねることを是とする私自身の考え方自体に、己の力で人生を切り開こうという力の欠如という本質が表れているのかもしれないと思うと、やっぱりうんざりせざるを得ないのだけれども。
 そんなことを考えていたら、ふと、夏目漱石の小説『行人』を思い出した。その中に次のような一節がある。

……彼女は初めから運命なら畏れないという宗教心を、自分一人で持って生まれた女らしかった。その代り他人の運命も畏れないという性質にも見えた。
「男は厭になりさえすれば二郎さんみたいに何処へでも飛んで行けるけれども、女はそうは行きませんから。あたしなんか丁度親の手で植付けられた鉢植のようなもので一遍植えられたが最後、誰か来て動かしてくれない以上、とても動けやしません。じっとしているだけです。立ち枯れになるまでじっとしているより外に仕方がないんですもの。」
自分は気の毒そうに見えるこの訴えの裏面に、測るべからざる女性の強さを電気のように感じた。……

[从小看老]

   俗话说:三岁看大,七岁看老,也就是说一个人在幼儿期形成的气质到老也不会改变的。我有时会厌烦自己的性格,看来这也是无可奈何的,到死也就这个样了。
  以前我认为只要自己有坚强的意志,没有什么干不了的事。尤其在学生时代,我一直茫然的认为,自己的前途在选择之前,没有什么事物能阻挡我达到自己的目的。但回顾看来,在人生很早的时候其行路的方向已经决定下来。三岁的孩子的精神所向往的东西是十四岁时、二十时、连到四十、六十岁也一定不变的。道路从开始向特定的方向一直伸延着。
  这种轻视意志的力量而愿意听天由命的想法也许包含着一种本质;是没有能力靠自己的意志打开自己人生的路,我不得不厌烦这种气质。
   我忽然想起来了夏目漱石的小说“行人”。其中有如下的一节。
……

※我不敢翻译一位伟大的作家的文章,怕损坏其原文的品位,我打算得到“行人”的中文版后在这儿贴上。
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by koharu65 | 2007-06-18 00:00 | 雑感

潮干狩り

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 潮干狩りに行ってきた。日差しは強かったけれど、風は心地よかった。まだ体中に潮の香りが残っている。
 小さな貝は、白っぽかったり青味がかかってたりして、色が薄くて綺麗。まだ撒いたばかりだからだろう。砂の表面に近いところにいて、手で少し掘ればなんなく採れる。
 大きな貝は、既に浜名湖の泥に馴染んで黒々としている。熊手を泥にしっかり突き刺し、ぐぐぐっと大きく掻くと、熊手の先がカチッと貝の殻に当たる。すばやく手を突っ込むと指の先が殻に触る。もたもたしていると、貝は力強くぐんぐんともぐってしまう。柔らかい泥の中の硬い殻の感触を逃さないようにして指で泥を掻き、しっかりと貝を掴む。貝の引き上げられるまいと抵抗する力が指を通して伝わってくる。
 小さな貝はただ拾い集めるだけだが、大きな貝はちょっと貝と格闘してるような気分になる。
 狩猟や採集の喜びは人間の本能なのだろうか。
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by koharu65 | 2007-06-16 00:00 | 国内旅行

図書館 - 图书馆

 中学生の頃、学校の帰りにほとんど毎日図書館に通っていた。石造りの古くて小さな建物、狭い階段を登る。重いガラス戸を押して入ると、すぐ正面の貸し出しカウンターでは職員が難しい顔して本を読んでいた。当時の図書館には子供向けの図書は少なかったし、今のように市民の憩いの場所を兼ねているものではなく、学究の徒が調べ物や研究のために訪れるような場所だった。狭いフロアーはいつも閑散としていた。人が一人やっと通れるほどの狭い通路の両側に、冷たい金属の書棚が並び、かび臭い本がぎっしりと詰まっている。私は本の中で漂う。金魚鉢の中の金魚のように、古びた木の枠の窓から時々外の世界を眺める。止まった時間の内側から不断に動く世界をガラス越しに眺めていると、まるで自分だけがたった一人世間からぽつんと取り残されているように感じた。しかし一方で,その石造りの頑丈な建物と過去の遺物である本の山々は私をしっかりと守ってくれた。外界から遮断された静寂の中で、精神は時間と空間を越え自在に飛び回る。泣きたいくらいの孤独の中で、私はその孤独を愛していた。

   我初中的时候,下课回家的路上差不多每天去图书馆。那是石筑的又古老又小的楼房,我上很窄的楼梯去,推沉重的玻璃门进入,正面是出借服务台,总看到那儿的职员皱着眉头在看书。当时的图书馆里为了孩子的图书很少,而且不是像现在的图书馆兼作市民的休息的地方,而是一心研究学问的人为了找资料或学习而来的地方。不大的房间很冷清。一个人才走得过去的狭窄的过道两侧排成了冷冷的金属书架,书架里有霉味儿的书挤得满满的。我在书和书之间漂浮。有时,像金鱼缸中的金鱼似,从旧木框的窗户里向外凝视外边的世界。在从时间停止的地方隔玻璃注视着外面的不断转变的世界,我觉得好像只我一个人从世上孤零零地留在这儿似的。可是还有另一个感觉,那个石筑坚固的建筑和一大堆过去遗物的那些书好像好好地保护我。在从外面的世界被遮断的寂静中,我的精神超越时间和空间自在飞来飞去。在要哭的孤独中,我就爱那个孤独。
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by koharu65 | 2007-06-10 00:00 | 雑感

無題


闇を愛そう
それは私の一部だから

光を愛でよう
それは神のものだから

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by koharu65 | 2007-06-07 00:00 |

幻影

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風がとおりぬけていく

眠っている貴方の柔らかな黒髪に触れ
頬をそっとなでる
額にキスをする まぶたにキスをする
ひんやりと湿った唇に キスをする

貴方は目覚めない

花びらがはらはらと舞い落ちる

乾いた砂がさらさらとこぼれ落ちる

天上の光が降りそそぎ 雷鳴が四方に轟き
すべては跡形もなく消え去る

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by koharu65 | 2007-06-06 00:00 |
 重苦しく冷たい夢を見た。
 私は夕刻の商店街を歩いていた。それは駅前からまっすぐ続く、街一番の賑やかな通りで、私は何か雑貨を買うために目当ての店に向かっている。店は地下にあるはずで、一階の別の店の間口を通り抜けて降りていかなければならない。ところが、通りに面した店に足を踏み入れると、店先に入ってすぐ正面に壁が現れた。天井近くから腰の辺りまでガラスの入っていない大きな窓が開いている。窓から見える店の中は内装工事の真っ最中だ。
「下の店に行けますか?」
と、作業員に声をかけたが、
「行けないよ。」
という返事だ。作業員が誰かに
「工事中だっていうのに店を覗く連中が多いと思ったら、皆、下の店に行きたいんだな。やっとわかったよ。」
と話す声を背中で聞きながら、私は店を後にした。
 店を出ると、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。賑やかな通りだというのに、街灯がほとんどない。店の明かりも通りを照らさず、大勢の人が行き交っているというのに、すぐ傍を通り過ぎていく人々の顔もはっきり見えないほどの暗闇だ。歩き出すと、一歩一歩足を踏み出すのがとても困難であることに気づく。足が重い。体が斜めに傾いて、まっすぐに保つのに努力を必要とする。何かの力が私の体を地面の底へと斜めに引きずり込もうとしている。この辺りだけ重力の具合がおかしくなってるのだと、私は思う。足元の歩道にはところどころ冷たい水がたまっている。向こうから、自転車に乗った出前の蕎麦屋が何か大声を張り上げながらやって来て、私とすれ違った。すぐ傍を通り過ぎる蕎麦屋の顔が正面から目に入ったが、それは真っ暗で、目も鼻も口もないのっぺらぼうのようだった。
 初夏のはずなのに、道行く人々は初冬のように厚い上着をしっかりと着込んでいる。私一人だけが、カットソーの上に薄手のカーディガンという寒々しい格好をしている。寒さは感じないので不便はないが、なんだか場違いなような気がして落ち着かない。50メートルほど先の左手に市役所が見える。そこまで行けばバス停があるから、家へ帰れる、重い足を地面から引き剥がすようにして進むが、ふと視線を上げると、さっきまで目標にしていた市役所の建物が消えている。市役所だけでない、通りは私の知っている通りではなくなり、街はいつの間にか見知らぬ町へと変わっていた。

   看了又沉闷又凄凉的梦。
  我在走傍晚的商店街。那是从车站一直往南走的城市里最热闹的街道。我为了买什么东西要去一家杂货店。我记得目的的商店在地下,必须通过一楼的别的商店下去。但我一进去面向马路的那商店,正面碰见的是墙壁。墙上从天花板下到腰的部分有没嵌入玻璃的窗户。从窗户看到的里面正在修内部装饰。
   我问了民工:“通过这儿我可以去地下的商店吗?”
  他回答说:“不行。”
   “明明看见房子在维修还不少人来窥探这里,我一直觉得奇怪,原来他们都想去楼下的商店啊!”我在背后听着民工跟谁说话的声音走开那儿了。
  从商店出来时天已经黑了。本来很热闹的街道连街灯都没有。商店的灯也不射到马路,虽然很多人来回走的街道但黑暗得我旁边走来走去的人们的脸都看不清楚。我开始走路,发现一步一步走得非常困难。脚很重。身体斜着为了保持直需要努力。好像什么力量要把我的身体斜拽进地下的感觉。我估计只在这附近的重力怪怪的变化。脚下的路面处处有凉凉的水洼。从前面有个送菜的伙计大声呼唤着什么骑过来自行车错过去了。我从正面看了他的脸,那是没有眼、鼻、嘴的满面漆黑。
   季节应该是初夏但马路上的人都好好穿着冬装。只有我一个人里面穿着T恤衫,上面穿着较薄的对襟棉衣,我想别人看我肯定感觉寒冷的。我并不冷但觉得我在这儿不合时宜而心神不定。我看见了前面五十米的左边有市政府。在那儿有公共汽车站,可以坐车回家,把重的脚从地面努力地分离一步一步走,忽然抬起头看,发现了刚才做目标的市政府建筑突然消失了。不只是市政府建筑,街道已不是我熟识的街道了,整个的城市不知什么时候变成陌生的地方了。
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by koharu65 | 2007-06-03 00:00 | 夢の話
 夢を見た。
 知人たちと、子供たち数人と、小山の上の広場に遊びに出かけた。広場にある高さ2メートルほどの見張り台の上に、逃げてきた雄ライオンが悠々と寝そべっている。私たちは怖くて近寄れず、見張り台を遠巻きにしてしばらく見守った。ライオンは降りてくる様子がない。私は勇気を振り絞って見張り台に上る。ライオンは眠っている。どうしたらライオンを檻に戻せるだろうか?ふと見ると、台の下に車がついていて、台ごとがらがらと動かせることに気づく。このまま檻まで運んでいけばいいのだと、思う。
 解決策が思い浮かんだところで、私は安心して、小山を歩き回る。子供たちが水溜りに転がり落ちたゴムボールを拾おうとしているところに通りかかった。水溜りの水は澄んでいて、底の小石がはっきりと見える。小石の間を、数匹のムカデが行ったり来たりしている。危ない、と注意する間もなく、子供は水の中に手を伸ばす。一瞬息を呑むが、子供はムカデに触れることなく無事水の中からピンクのボールを拾い上げた。
 私は知人の男性と芝生に腰を下ろし、彼に肩を寄せてもたれかかった。それから彼の膝に頭を乗せて横たわると、彼は私にそっとキスをした。人が見ているのに、と起き上がったその時、林の端の藪の影から彼の妻が立ち上がった。彼女は手に重箱を包んだ大きな風呂敷包みを下げている。私は困惑した。この場にいてはいけない気がして、夫婦二人だけを残し、私は黙って立ち去った。

   我看了梦。
  跟熟人和几个孩子们在一起去小山山顶的广场玩。广场里有两米高的哨所,哨所上躺着从哪里逃出来的一头狮子。我们怕得不能走近,远远围住哨所注视一会儿,不见它下来的迹象,我鼓起勇气上去了哨所,狮子在睡觉。怎么能把它圈在笼里呢?忽然发现了哨所下面的台子四角有四个轮胎,哨所可以直接推着移动到有笼的地方。
   由于发现了解决的办法,我放心了,小山上走一走。正好通过孩子要拾起滚进水洼里的一个皮球。水洼里的水很清,能清楚地看到水底的小石头。看见小石头之间有几只蜈蚣来回走。没有时间跟孩子说“小心点!”,孩子就把手伸进入水里了。倒吸一口凉气注视,孩子没有碰到蜈蚣平平安安拾起了一个粉色皮球。
  我跟相识的男人在一起坐在草坪上,倚靠他的肩膀。然后我把头放在他膝上躺着,他突然给我轻轻地亲吻了。我怕有人看见,急忙站起来时,看见了他妻子从树林旁边的灌木丛出来,她拿着包了多层方木盒的大包袱皮包。我困惑了,感觉不应该在这儿,让他俩留在那儿我不言一声地走开了。
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by koharu65 | 2007-06-01 00:00 | 夢の話