過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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朝青龍問題

 7月末に朝青龍が怪我を理由に地方巡業に休場届を出しながらモンゴルでサッカーに興じていたことが報道されてから、既にひと月が経とうとしている。騒ぎは相変わらず続いている。私もこの問題について思うところがあって、短い文章を書いてみたのだが、書き終わってブログに載せる前に、ネットではどんなふうに論じられているのだろうかと、検索してみた。すると、偶然、ほとんど全面的に同意、共感することのできるある文章に当たった。理路整然としていて読みやすく、複数の角度から論じ、一面的な見方になっていない。これを書いた人はどんな人だろうと感嘆し、文章を読み終えたあと、ホームページのタイトルに目をやると、『EGAWA SHOUKO JOURNAL(江川紹子ジャーナル)』とあるではないか。ああ、上手いのは当たり前だ。プロの文章だ。
 江川紹子さんは以前から私が大好きなジャーナリストの一人である。オウム真理教事件真っ只中の頃はテレビで彼女を見ない日はなかった。当時から私は彼女のことが大好きであった。彼女の考え方、まっすぐな姿勢、話し方、すべてに共感する。私にとって理想の女性である。今回、たまたま見つけた朝青龍問題に関する記事を読んで、彼女が書いたものだと知る前からこんなにもぴったりくる、共感する、ということに対して改めて驚きを感じ、またうれしくも思った。
 そして当然、私が書いた朝青龍問題に関する文章は、くしゃくしゃっと丸めて屑籠行きである。代わりに江川紹子さんの記事のアドレスを掲載する。

『江川紹子ジャーナル』雑記帳(2007年08月09日)
http://www.egawashoko.com/c011/000229.html
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by koharu65 | 2007-08-27 00:00 | 雑感

空っぽの言葉たち


ダイジョウブ?
キミノ カラダノコトガ シンパイナンダ
ニサンニチ ユックリ ヤスムトイイヨ

遠く遠い
霧の向こうから 言葉がやってくる

言葉は霧の中で
バラバラになって
迷子になって
お互いを見失って
ウロウロしつつ
それでも
なんとか
かろうじて
せいれつして
やっとのことで
たどりつく

長い道のりを経た言葉たちは
すっかり痩せ細っていた

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by koharu65 | 2007-08-26 00:00 |

夢の中で交わる

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私は想像する
あなたのしなやかな指を

私は想像する
あなたのなめらかな肌を

私は想像する
あなたのやわらかな唇を


私は感じる
あなたの高鳴る鼓動を

私は感じる
あなたの熱い吐息を

私は感じる
あなたのやさしい愛撫を

私は感じる
あなたがゆっくりと入ってくるのを


会えないあなたと
夢の中で ひとつになる



----------------
侵す性ではなく、受け入れる性に生まれついてよかったと思う。
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by koharu65 | 2007-08-24 00:00 |

逃れ隠れる夢

 恐ろしい夢を見た。夢の中で、私はこれが前にも見たことのある同じ夢だということを知っている。結末も知っている。実際に本当に見たことのある夢なのかどうかはよくわからない。けれど、夢の中では、私はこれが2度目であることを知っていた。
 私は鉄筋コンクリートの学校のような大きな建物の中で、敵から逃げるために隠れ場所を探している。敵は戦闘服を身に付けた大勢の武装集団で、建物の中の善良な人々を老若男女の区別なく虐殺するために、銃器を手にやってきている。刻一刻と近づいてきている武装集団から逃れ隠れるために、私は部屋から部屋へ、窓から窓へと移動する。敵から遠ざかるために建物の奥へ、そして高くへと。
 私は上手く隠れおおせて、彼らの手にかかって殺されることは免れる。そして彼らの後からやって来た統制の取れた正規の軍隊に投降し捕虜となるのだ。私は逃げながらこの結末をとうに知っていて、自分は殺されはしないことを承知しているのだが、一方でもしかしたら今回は異なる展開になるかもしれないという一抹の不安を抱いている。
 建物を移動する途中で、私とともに逃げていた盟友であるはずの一匹の犬が突然離反した。前回は最後まで私についてきていたのに、今回は途中で、まるで
「貴方は何を怖がっているの?何の危険もないというのに。」
とでも言うかのように、無邪気な顔で自由になりたがった。私は、好きにするがいい、と思った。ぐずぐずしている時間はない。
 このことは私の不安を更にかき立てた。この逃走劇は前回と全く同じというわけではないらしい。
 体育館のように広い最後の部屋にたどり着くと、人々が集まっていた。皆の顔に切迫感はない。それぞれ静かに、思い思いの場所に座っている。私は彼らにもうすぐ敵がやってくること、隠れなければならないことを警告してから、壁の戸棚をよじ登った。いつの間にか犬の代りに私の後ろには小さな男の子がついてきている。私と男の子は背の高い戸棚と天井との間を歩いていき、ガラクタが積んであるロフトのような天井下の空間にたどり着いた。私は小さな男の子をガラクタの中に座らせてから、少し離れた場所に蹲って敵が現れるのを待つ。前回と違って今度は見つかってしまうかもしれないという不安がどんどん高まっていく中で、私はじっと息をひそめて待った。
 敵が姿を現す前に、私は目が覚めた。
 目が覚めた私の胃は、お腹に石をいっぱい詰められた赤ずきんちゃんの狼のように、重く沈んでいた。口の中は、ざらざらと乾いていた。
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by koharu65 | 2007-08-23 00:00 | 夢の話

停滞

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降り注ぐ蝉の声
歩みを留める 熱いかたまり
風は 梢を揺らすのに
ここは止まったままの 熱いかたまり

降り注ぐ蝉の声
見えない魚が 波紋を描く
見つめる水面の 沈黙の底から
歩みを留める 幾重の波紋

つがいのトンボが 
ただ夢中に 戯れている

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by koharu65 | 2007-08-19 00:00 |

東屋にて

 あんまり暑いので朝から図書館に出かけた。読書三昧も久々のこと。大きなガラス窓の外は灼熱の太陽、内はひんやりと心地よい。読むことに倦めば、顔を上げてガラスの向こうに立ち並ぶ木々の緑で目を癒す。空調は強すぎもせず弱すぎもせず、ちょうどいい具合に調整されていたけれど、それでも2時間もいると体の芯が冷えてくる。昼食がてら隣の日本庭園のある公園まで出ることにした。
 外に出た途端、たちまち熱い空気が私を取り囲み、冷えた体を暖めてくれた。藤棚の下のベンチは満員だったので東屋に入ると、年配の男性が一人、ぴくりともせず眠り込んでいた。東屋は池の上に突き出すように建っていて、ぐるりと三方に簡易ベッドほどの幅がある手すりつきのベンチを備えている。木でできたベンチの座面はまるで古い日本家屋の回り廊下のようにすべすべしていて気持ちよく、私は靴を脱いで上がりこみ、屋根を支える細い柱にもたれかかって、きちんと手入れされた庭園を眺めながら、かばんから取り出したパンを頬張る。
 すぐ後に、若い母親二人が2,3歳の男の子を二人連れてやってきた。一人の母親は赤ん坊を入れた布を胸の前に斜めにぶら下げている。寝ていた男性はむくりと起き上がり、座りなおした。それから制服姿の女子高生が二人来て、寝ていた男性は去っていった。子供たちははしゃぎながら池にパンくずを放っている。
「かめ、かめ、大きいかめだよ。」
女子高生はおままごとのようなお弁当箱を手に、明るいトーンでひっきりなしにしゃべっている。
 見知らぬ人々が、穏やかでやわらかな空気を醸しだしている。なんだかとても懐かしい感じがした。長い間、忘れていた感覚が蘇ってきた。
 ずっと昔、よく一人旅をした。若くて怖いもの見たさの好奇心でいっぱいで、出かける前には緊張して心臓はどきどきするし手は震えるほどなのに、それでも出かけた。自分が何を求めているかも知らずに、憑かれるようにあちこちを歩き回った。雑踏の中で、観光地で、ホテルの中で、列車の中で、見知らぬ人々の見知らぬ言葉に耳を傾けるのが好きだった。例え言葉はわからなくても、そして例え何も言葉を聞かなくとも、表情や動作から繰り出される人々の人生の一場面を垣間見るのがとても好きだった。そこでは私は主人公でもなく観客でもない。舞台の端に立つセリフのない端役の一人。視線も交わさず言葉も交わさない、同じ舞台に一時立っている、という、ただそれだけの関係。もしひょんなことから突然舞台の中央に引っ張り出されることでもあろうなら、私は恥ずかしさでどうしていいかわからなくなって、ろくな演技も出来ずに馬鹿みたいにただ立ち尽くすだろう。端役が性に合ってるらしい。
 昔、私が盛んに一人旅に出たのは、さまざまな舞台の端役を演じたいがためだったのかもしれない。
 東屋の一角で、パンを齧り、子供たちの楽しげな声と女子高生のさえずりを聞きながら、そんなことを思った。
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by koharu65 | 2007-08-18 00:00 | 雑感

小資と憤青

 先日、論壇で「小資」と言われた。

◆小資(xiao3 zi1)=ブチ・ブルジョア
小資産階級の略。ブチ・ブルジョアの一般的な訳語である「小市民」というイメージとは違う。「小資」は大学教育を受けており、欧米文化にも通じている。彼らはニューリッチのようにマイカー、マイホームは持っていないが、一般よりも収入の多い定職に就いているため、賃貸マンションに住み、交通手段として時々タクシーを利用するほどの余裕を持っている。また、物質的豊かさよりも精神的な豊かさを追求する傾向があり、芸術的な余暇の過ごし方をしている。
政治には関心がなく、人との激しい議論もなるべく避ける彼らは、しばしば「※憤青」がからかう対象となっている。(彬)


 なるほど。これは確かに的を射てある。私のたった数行の文章から、私の輪郭をここまで読み取り、漢字たった二文字で表すとは、論壇の人の賢さと中国語の奥深さに感嘆するばかりである。すると言った彼は「憤青」なのか?

◆憤青(feng4 qing1)=憤る青年
「憤怒青年」の略。時々「糞青」と揶揄されることもある。「憤青」も「※小資」と同様、高レベルの教育を受けており、一般市民と同様か、それ以上の生活を送っている。彼らは政治と社会問題に多大な関心を示し、時折過激な言動。また、彼らは自らを愛国者と認め、反米・反日感情が強い上、しばしば日米と共生を図る中国政府にも罵詈を浴びせる。
しかし、政府の厳しい統制によって極稀なケースを除けば表に出て活動することはほとんどなく、インターネットを主な活動の場としている。かつて日本と米国の政府サイトを攻撃したのも彼らの仕業だと言われている。(彬)


*上記両方ともhttp://www.e-kampo.org/neword/index.htmlより引用。

 「憤青」から見れば、「小資」は鼻持ちならないのだろう。しかしノンポリ(死語かな?)もお仕着せの愛国心も、どちらも社会の役に立たないという意味では、五十歩百歩ではなかろうかと思うのだが。いや、下手な愛国心が人を社会的破壊行動に走らせるなら、ノンポリの平和主義の方がまだましだろう。「憤青」は結局、愛国心という隠れ蓑を着て、歴史上の亡霊たちを利用し、自分の個人的な鬱屈や怒りを社会にぶちまけて鬱憤を晴らしてるだけにすぎないのだと思う。
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by koharu65 | 2007-08-16 00:00 | 中国・中国語

愛してるを3回


愛してる 
一度だけじゃ もの足りない
たくさんすぎると 嘘っぽくなる
だから愛してるを3回

愛してる 愛してる 愛してる



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またまた詩。
こういうあけっぴろげな物言いは、私の好みじゃないけど、夏だから、まあいいか。
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by koharu65 | 2007-08-14 00:00 |

嫉妬

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こまねずみは くるくる回す
小さな車輪を くるくる回す
わけもわからず くるくる回す
わきめもふらず くるくる回す
くるくる回るから 楽しくなる
楽しいから くるくる回す

車輪に火がつき それでも回る
回るねずみは ちりちり焼ける
足が熱くて きりきり舞い
炎はめらめら 汗をふきふき 
ねずみは回る くるくると
こんがり焼けたら 誰のお口に?

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by koharu65 | 2007-08-12 00:00 |

地球征服計画

 今、朝日新聞の文化面に『消えた「男の子」~メディア社会の中で~』という記事が連載されている。8月8日に掲載されたシリーズ2回目の小見出しは『無理せず幸せ・薄れる努力』というものだった。
 記事によると、最近のテレビのヒーロー物や少年漫画では「努力」や「我慢」といった要素が歓迎されないらしい。仮面ライダーの最新作では、主人公は体力、知力、根性なしのなよなよした少年。戦うときも自力ではなく怪人に乗り移られるという他人任せ。また少年漫画でも連載で主人公が努力したり練習したりする場面が続くと人気が落ちてしまうという。
 ヒーローが敢然と立ち向かう対象となる悪役もまた然り。最近の悪役は世界征服や人類絶滅を言わない。現実の社会を見ても、これが悪いやつだと決めにくくなった。具体的に世界征服の手順を考えれば、人材確保に資金調達、部下の管理など激務であるのはすぐにわかる。「世界征服」もそれ程魅力的には見えない。
 「9.11」以降、正義とは何か、悪とは何かが複雑になり、描きにくくなっている。
 「ライダーは何のために戦うのか、怪人は何を目的に暴れるのか・・・」

 以上は記事の一部を要約したものだが、この「世界征服」という言葉と漫画から私はすぐに『ケロロ軍曹』というアニメを連想した。カエルの様な姿をしたケロン人の小部隊が地球制服のための先遣部隊として、ケロン星から地球にやってくる。ところがひょんなことから彼らは敵であるはずの地球人のある一家の世話になることを余儀なくされる。居候の身であるから肩身が狭い。普段は家の掃除させられたり、プラモを作ったり、たまに旅行に連れてってもらったりの日常生活の中で小さな騒動を起こしながらも、時々思い出したように世界征服の具体的計画を立て実行に移そうとするが、杜撰な計画やくだらない原因によりいつも失敗する。「地球征服」というとっくに有名無実となった目的(ケロン星本国においてそれが本当に望まれているのかどうか、いまひとつはっきりしないのだ)を一応は申し訳程度に掲げながらも、地球に居座りのん気に暮らすカエルたち。そんな失敗続きで間抜けでのん気なカエルたちがなんとも可愛らしく憎めない。悪だ正義だと命を賭けて血みどろの戦いを繰り広げるよりずっと平和的でいいんじゃないかと、私は思う。

  最近在朝日报纸的文化栏上有连载的记事:是“消灭的‘男孩子’-在媒体社会之中-”。 8月8号登载的第二回的副标题是“不努力得到幸福・不愿意努力”。
  据报;最近电视里的英雄剧或少年漫画上不受欢迎“努力”“忍耐”这种因素。一片叫“假面ライダー”的电视剧最新版的主人公是个没体力、没智力、没耐性的软弱少年。战斗时怪人附到他身上他才能变厉害,他不凭自己的力量而完全依靠怪人的能力去打败坏人。另外,少年漫画的连载中,如果主人公去努力或练功的场面连续的话还是不受少年读者的欢迎。
  英雄要决然奋起的对象---恶役(反派角色)也是。最近的“恶役(あくやく)”不说“征服世界”“绝灭人类”类似的话。看现实的社会也很难判断谁是绝对的坏人。而且如果具体开始考虑怎么征服世界,需要确保人才、筹措资金、管理部下等有好多麻烦的业务。看来“征服世界”也没特别的魅力。
  “9.11”以后,正义是什么,恶是什么都变复杂而模糊了,描写得很难。
  “英雄为了什么去斗争?恶役有什么目的要捣乱?……”

  以上是记事的一部分内容的要约。我从“征服世界”和“漫画”这两个词立刻联想了一片漫画卡通,叫“ケロロ军曹”。一队像青蛙似的外星人的小部队为征服地球从宇宙来到了地球。他们由于意想不到的事情在有个地球人的家开始住。他们因为寄食的立场总对户主不能太主张自己的意见。平时听户主的命令打扫房间,其它的业余爱制作塑料模型,有时跟一家人在一起出去旅游等,每回发生小小的生活上的骚动,有时突然想起来原来的目的,做起来征服地球的计划然后要实行,但每次由于计划粗糙或莫名其妙的理由都失败。“征服地球”这个目的也早就成了有名无实(他们的母星也真的要求还是无所谓都不太清楚)他们还在地球上生活并且安稳地过日子。每次失败的那些青蛙们真可爱而恨不得。我想跟把“恶”或“正义”提起来作为口号进行沾满鲜血的战斗比较起来他们的生活方式多和平多好。
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by koharu65 | 2007-08-09 00:00 | 雑感