過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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吉夢

 夢、ふたつ。

 ひとつめ。江戸のような町並みで、二階建ての家と家との間に幅2メートルほどの水路が流れている。建物から水路上に人ひとりが歩けるほどの幅の縁台がせり出していて通路のように水路沿いに続いている。私はそこで釣りをしている。持っているのは竿ではなく、厚みのある細長い布で、その先が水に浸かっている。水の中から何かが強い力でぐいぐいと布を引き込もうとするので、私は引き込まれまいと必死で抵抗する。手伝ってほしいと、隣で竿を垂らしている甥っ子の顔を見るが、彼は知らん顔だ。近くにいる見知らぬ男性も私の様子に気付きながら手を貸そうとしない。強い手ごたえに、これは大物かもしれない、何としても逃したくない、と私は必死で布を掴む。そのうち、引っぱられる力がふっと軽くなり、布を引き上げると、その先の糸には一匹の緑色の蛙が手足を広げてだらんとぶらさがっていた。
 釣りを再開する。今度は竿につけられた糸の先にビニールの風呂敷のようなものがついていて、それが水の中で広がって魚を囲い込み針で引っ掛けるという仕組みだ。水は浅くて澄んでいるので魚影がくっきりと見える。こんな仕掛けでは魚を囲んでも捕まえられるものではないと思うが、それでも私は何度も竿を振る。そのうちとうとう、魚を捕らえることができた。バケツに入れて見ると、それは金と銀と白と黒のまだら模様をしていて、溶岩のようにでこぼこした表面をしていた。その毒々しい様子に、私はうれしいようなうれしくないような複雑な気持ちになった。もっと、鮎のような、しゅっとした姿の食べられる魚だったらよかったかもしれない。

 ふたつめ。私は弟の一家と山の上の家にいた。雪が降り始める前に山を降りなければならない。私たちは朝早く家を出て歩き始めた。前方の雪が薄く積もったところに別の家族がいるのが見えたと思ったら、彼らの立っている場所に雪がざざざっと押し流されてきた。雪崩か!と一瞬慌てたが、それは除雪車が押し流した雪であった。車道には雪が厚く積もっていた。私は、一段高くなっている山道から車道上の積もった雪の上に飛び降りた。体が埋もれてしまうかもと思ったが、雪は柔らかすぎも硬すぎもせず私の足を受け止めた。続いて、一緒にいた弟の妻の親戚筋にあたる90を越えた老婆も飛び降りた。あっと思ったが、腰が曲がった老婆は私よりずっと軽やかに降り、すたすたと歩き始めた。ただ今度はその小さな体で除雪車の大きなタイヤのすぐ後ろを歩くので、危なっかしくて冷や冷やさせられた。
 いつの間にか誰もいなくなっていた。私は雪のない車道をひとりで下っていく。どこからか、「峰の雪があんなに奇妙な形をしている。今に大雪が降るだろう。」という声が聞こえ、遠くの峰を見やると、確かに雪が不安定な形で乗っかっている。その目をそのまま空に移すと、暗灰色の厚い雲が空一面にぐるぐると渦巻いている。なんて恐ろしい雲だろう。そのうち、もこもこした雲が押し合いへし合いして押し広げられた雲の穴から濃紺の空が見えた。青空ではなく夜空のような濃紺である。雲はものすごい速さでぐるぐると動き続け、穴もそれにつれて移動する。穴の中の濃紺の空に小さな白い爆発が起こり、稲妻のような光が走った。稲妻は遠く穴の向こうの空の中で光るだけで、雲の下までは届かない。けれど、何度も続くその光の衝撃に、私は思わず「ああ、すごい!」と大きな歓声をあげた。

 最近、重苦しい嫌な夢ばかり続いていたので、久しぶりに書き留めたくなるような夢を見ることができてうれしい。大吉というわけにはいかないけれど、悪くない夢である。
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by koharu65 | 2009-01-31 22:18 | 夢の話
 こんなふうに世界が繋がることができるならどんなにかよいだろうと思う。


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by koharu65 | 2009-01-30 11:05 | 音楽

変化

 日本で中国人と買物に行くと、日本人の中国に対するイメージが十数年前と比べて大きく変化していることを身をもって感じる。以前はよそよそしかった店員の態度が今は、中国人と見ると“歓迎光臨”とばかりに寄ってきて、日本人と同じく或いはそれ以上に上客扱いされる。

 世界的不況によって先進諸国の市場が急激に冷え込み、世界の工場としての中国の将来も危ぶまれる中、中国にとって内需の拡大こそが生き残りのための打開策だ。
 しかし現在中国で消費活動を担っているのは都市部の人間だけで、その都市部の市場は既に飽和状態である。ならば、人口の半分以上を占めるいまだ消費活動に参加していない数億の農民を消費社会に組み入れることが国内消費拡大のキーポイントとなる。
 それには農民の自給自足的なライフスタイルを根本から変えなければならない。中国では農村の戸籍と都市の戸籍が厳しく分けられ、農民は、収入の格差に甘んじる一方で、都市の住民が受けている様々な社会的保障や自由を享受することもできない。農村に縛り付けられ病気や老後の保障もなく、農民にとっての命ともいえる土地さえ、いつ国家に取り上げられるともわからない借り物であるならば、積極的な消費活動は決して促進されない。
 収入の格差の是正、資産の確保(土地の私有化)、社会福祉の充実などによって、農民の生活に余裕が生まれ将来への安心が保障されるようになれば、農民の消費能力は飛躍的に伸びるだろう。

 内需拡大のための農民への具体的な政策がもしも実行されるならば、中国は本質的な変化を遂げる。果たして今年、その変化は訪れるだろうか。


春节快乐!
万事如意!


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参考文献 『中国の消費市場と農民問題』晨光(神田外語大学)
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by koharu65 | 2009-01-26 10:21 | 中国・中国語

いち、に


愛とか 夢とか 理想とか 幸福とか
考えぬがいい

朝起きて 何を食べようか
昼 何を食べようか
夜 何を食べようか
それだけを考えるがいい

指を折って
いち、に、さん、し、ご
ろく、しち、はち、きゅう、じゅう
数えるがいい

足を前に
いち、に
いち、に
進むがいい

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by koharu65 | 2009-01-20 10:08 |

現実を生きる

 “現実”はとても複雑で混沌としている。 “私”というフィルターを通して、現実と言う素材を整理し、分析し、判断し、秩序だて、私という物語を編んでいくこと、それが“生きる”ということなのかもしれない。
 素材はあくまでも現実から取り上げるもので、作り物ではいけない。現実から離れてはいけないし、現実の混沌に飲み込まれてもいけない。
 私は現実に拘束されると同時に、現実を紡ぎだすことができる。
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by koharu65 | 2009-01-18 09:38 | 雑感

夫婦という共同体

 先日テレビを見ていて耳に残った言葉。
「夫婦というのは運命共同体だってよく言うけど、経済共同体なんですよね。」
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by koharu65 | 2009-01-16 00:00 | 雑感

音楽の好みについて

 昔から音痴で、音楽的センスにも環境にも縁がなかった。だから音楽といえば、テレビやラジオ、街頭で流れる流行歌を耳にするくらいで、大学に上がったとき今まで聞いたこともないような曲をギターで奏でながら皆で口ずさむ同級生たちの輪の中で、目立たないよう黙って一人小さくなっていたものだった。
 あるきっかけがあって、数年前からやっと、自分から働きかけて音楽を聞く、という行為をするようになった。といっても、好むのは歌詞もメロディもシンプルでわかりやすいもの。特に歌詞に惹かれて聞くことが多いので、洋楽は苦手である。
 
 お正月に集まったとき、i-podを手にしていたら、7歳の姪が
「いきものがかりのブルーバード、入ってる?」
と聞いてきた。
「へえ、どうして知ってるの?アニメの主題歌になってる?」
「学校の音楽でやってるから。」

 そう言えば昨年、小学校三年生のこの子の姉が、学校でORANGE RANGEのイケナイ太陽を歌ってるから、私に持ってないかと聞いてきたのだった。うーん、小学校三年生で『イケナイ太陽』ねえ、などとその時は思ったが、この歌は私も好きで最近ドライブ中に久しぶりに歌いながら繰り返し聞いたら、教育的見地からしても案外いいんじゃないかと思ったりした。

 昨年から繰り返し聞く曲は、斉藤和義の『FOOLS』と熊木杏里の『晴れ人間』。どちらもシングルCDのメインの方の曲ではないけれど、とても気に入っている。特に『晴れ人間』は気分が前向きのときにふっと口ずさみたくなるので、自分の精神状態のバロメーターともなっている。

試聴:
 斉藤和義『FOOLS』
 熊木杏里『晴れ人間』

 *上記サイトを開くとすぐに音が出ますので、ご注意下さい。

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by koharu65 | 2009-01-13 11:36 | 音楽


我は母の血を浴びて この世に生まれ出でたり
而して 我が血を浴びるものはなく
それはただ 一滴 一滴と
大地に滲み入る
いづれ大地が一面に染まり
沈む陽に身を投じる時まで
一滴 一滴と

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by koharu65 | 2009-01-08 00:00 |

親しき人に


親しき人 やさしき人に
さよならを言おう
そこはあまりにも居心地が良すぎるから
あまりにも求めすぎてしまうから

自分の足で立とう 歩こう
転ぶ前に支えてもらうことを期待することなく
孤独と痛みに耐える強さを身につけよう
躓かない賢さと思慮深さを学ぼう

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by koharu65 | 2009-01-05 00:00 |

初夢

 母と二人で、砂に半分埋もれ廃墟と化したビルを通り抜けようとしている。ビルの窓にガラスは1枚もなく、コンクリートの穴が黒く規則正しく口を開けている。母とともに砂山を登り窓のひとつから中へ入ると、大勢の人々が私たちと同じように向こう側に通り抜けようと通路を探している。砂や瓦礫でふさがれた通路や階段を行きつ戻りつしながら、私たちはようやく反対側の窓際にたどり着いた。
 窓から外を眺めると、大勢の人々が避難民のように列を成して歩いている。その列の中に甥っ子の姿が見えたと思ったが、近づくとそれはよく似た子供で、私はがっかりした。
 外壁に沿った石段を下りていくと、今度は女性の腕に抱かれた赤ん坊の姪の顔が見えた。(姪は実際は4歳なのだが。)そして私はまた、その赤ん坊を抱いた女性の斜め後ろに、中年の女性の姿をした姪の顔を見つけた。母はそれに気付かないようであった。

 荒涼とした景色の中をどこへ行こうとしているのかもわからず、ただ歩くだけの寂しさなのに、なぜか重苦しさや辛さはなく、終始落ち着いて淡々と歩いていた。悪くない夢である。
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by koharu65 | 2009-01-03 00:00 | 夢の話