過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

<   2009年 07月 ( 14 )   > この月の画像一覧


 …他人には多くを期待しないほうがよいのだ。他人が自分を親切に遇してくれたら感謝し、逆に冷遇されても平然としている――それがよい。

 …私は誰にも実際以上によく思ってもらいたいなどとは思わない。私を好む人にはあるがままの私を受け入れて頂きたいが、そうでない人に相手にされなくても何ら痛痒を感じない。…
(サマセット・モーム『サミング・アップ』岩波文庫より)

[PR]
by koharu65 | 2009-07-30 21:25 | 雑感

医者とガマの油売り

 旅行疲れが出たのか、また胃が痛み出した。本日、病院へ。
 前回の病院は女医さんで気に入っていたのだけれども、一度胃カメラのある病院で見てもらったほうがいいですよ、と言われていたので、今回は胃カメラのある病院を探した。そうしたら、近所の、名前はよく知っている病院に胃カメラがあるらしいという話を聞いたので、そこに行くことにした。看板に外科とあるので、胃も見てもらえるとは今まで知らなかったのだ。
 外科だけあって、先生も看護婦さんも物言いがはっきりしていて、てきぱきと気持ちがいい。大きな声で聞き取りやすい。動作に無駄がない。でも決してぞんざいではない。口調も物腰も丁寧だ。
 混んでいて長いこと待った。数人まとめて名前を呼ばれ、待合室から入ると、中にも壁に沿って長椅子が置いてあって5,6人一緒にそこで待つ。診察室はドアで区切られているけれど、治療室はカーテンが開けっ放しで丸見えになっている。看護婦さんが注射を打つ様子や、怪我した指に包帯を巻く様子が観察できる。なかなかおもしろい。
 診察の際、以前も胃痛があってそういう時はガスター10を飲んでいた、というようなことを話したら、先生は、ガスター10よりずっとよく効く薬がありますから今日はそれを出します、これを飲めば痛みはぴたりと止まります、と、まるでガマの油売りのようなことを言った。なんとも心強い。評判のいい先生のわけだと思った。医は仁術と言うけれど、もしかしたら医には口術も必要なのかもしれない。
 で、来週の土曜日、とうとう生まれて初めて胃カメラでの検査を受けることに。ドキドキ。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-29 21:18 | 雑感

ゆりの里

 信州八ヶ岳、富士見高原ゆりの里へ行ってきました。
 週末は全国的に雨模様。お天気を心配しましたが、ゆりの里では雨がぱらぱらする場面もあったものの、どうにか傘なしで過ごすことができました。時折、雲の隙間からさっと青空が覗くことがあって、撮影ポイントに三脚を構えたカメラマンたちが、そのほんの短い間に射し込む日の光をじっと待っていました。
 ゆり、ゆり、ゆり…。一面のゆり。見事でした。特に白樺の林の中では、天に向かってすっと伸びる白樺の白い幹のその根元に、黄色・赤・ピンク・白、色とりどりの百合が絨毯のように広がって、幻想の世界に迷い込んだようでした。

c0173113_22382149.jpgc0173113_22383277.jpg

c0173113_22385220.jpgc0173113_2239264.jpg

c0173113_22391311.jpgc0173113_22392116.jpg

c0173113_2239284.jpgc0173113_22393630.jpg

c0173113_22395475.jpg
 トンボがたくさん飛んでいました。高原のトンボは暢気なのか、少しコツをつかむと容易に指に止まります。いかにたくさんのトンボを長く指に止まらせられるか、子供たちと競争です。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-27 23:00 | 国内旅行

我が家のトノサマガエル

 五月に、昨年のトノサマガエルが再び我が家の庭の池に現れた、という記事を書いた。その我が家のトノサマガエルについてこの度新たな事実が発覚し、衝撃を受けた。

 昨晩、夕飯の席でトノサマガエルの話になった。
「うちのあのカエルと同じカエルってどこにでもいるもんなんだね。」
「そこの溝でも、XXさんの家の近くでも見たよ。」
と母が言った。
「どこから来るんだろうね。おたまじゃくしなんて見ないのに。」
「そこの畑じゃないか?」
「調べたとき、結構長い距離を移動するって書いてあったよ。」
 すると、父がなにげなく、
「そうだな。うちのも去年とは違うカエルだろう。去年のは川に捨ててきたんだから。」
「え~!捨ててきたって!? そんな話、初めて聞いたよ。」
 今の今まで知らなかった。五月に庭の池でトノサマガエルを見た時は、去年のカエルが冬眠から覚めて二匹そろって再び現れたのだと、喜んだ。そこに自然の移り変わりと回帰を見て、大変感慨深く思ったのだ。
 それが、去年のトノサマガエルではなかったとは…。
 どうりで、今年トノサマガエルが現れたとき、父は、去年より小さい小さい、と盛んに言っていたわけだ。自分が捨ててきたのだから同じカエルではないということにある程度確信を持っていたに違いない。
「そういえば、確かに去年より小さいものね。」
と母が言う。
「そうだ。小さい。去年のはもっと大きかった。」
と父が言った。
 同じカエルが二匹、ひと冬を同じ庭の土の中で眠り、暖かくなって甦って再び姿を現したことの神秘に心躍らせた五月のあの感動が、雲散霧消した。がっくりくる一方で、なんだかおかしくって笑いたくなった。

 昨年5月のトノサマガエル→http://koharu65.exblog.jp/9966459/
 昨年9月のトノサマガエル→http://koharu65.exblog.jp/9759786/
 今年5月のトノサマガエル→http://koharu65.exblog.jp/11597947/
[PR]
by koharu65 | 2009-07-23 22:01 | 鳥、蛙、魚、犬、猫

妖精2体

c0173113_21552536.jpgc0173113_21554369.jpg c0173113_21565090.jpg

 ミモザさんと同じ型紙で、髪の毛と洋服の色を変えてみました。妖精っぽい感じになりました。我ながら上出来です。
 米山京子さんの本に、人形作りは作り手の気持ちが人形の表情になって出てきてしまうので怖い、自分が悲しい時は人形も悲しい顔になる、というようなことが書いてありましたが、始め私はそれをあまり信じませんでした。人形に気持ちを込めすぎたり、魂が移るみたいな超科学的な考え方が好きではないので。
 でも、実際作っていると、気持ちが集中していて余裕を持ってゆったりと楽しく作ると自分でも満足のいくものができるし、イライラしながら力任せに作ると納得のいかないものになります。
 楽しい時は自分の頭の中に楽しげなイメージが浮かびやすく、目鼻や口の位置や形も頭の中に描いたイメージに沿ってつけるので、自然と活き活きとしたにこやかな表情になるのでしょう。
 米山さんの書かれたとおりというわけです。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-21 21:59 | 人形作り
 『ハリー・ポッターと謎のプリンス』を見に行ってきました。映画館に足を運ぶのは久しぶりで、やっぱり映画館ならではの良さがあります。画面が大きくて、体ごとスクリーンの中に入り込める感じ。それといろんな映画の予告編も楽しみのひとつです。

 さて、内容ですが、とてもおもしろかった。2時間半の長丁場、全然退屈しませんでした。思春期の少年少女の恋愛模様が微笑ましく、それが本筋に邪魔にならず上手く彩られていました。善と悪のはっきりした対立関係が希薄で、戦いの場面が少なかったところも私好みです。謎かけによって観客の好奇心をひきつけるミステリの妙味が強く出ていたと思います。
 以前、イギリスの連続ドラマを見たとき、いい者なのか悪者なのかわからないような人たちばかりが登場して、とても不思議な魅力を感じたことがあるのですが、今回のハリー・ポッターもそれと同じようなおもしろさを感じました。(スネイプ先生には、何か深い思惑があるような気がします。次回作が楽しみ。)

 しかし、一緒に行った中一の甥っ子の感想は「おもしろくなかった…。」。
 敵と味方に別れてのダイナミックな戦いとその結果である主人公側の勝利の場面がなかったので退屈でつまらないと感じたようです。そういえば、漫画の少年ジャンプなどでも、“バトル”の場面がないと人気が落ちるそうで。

 恋愛模様に関して少し付け足すと、ハリーとハーマイオニー、それからロンの関係がとてもいい。優等生というのは、ともするとその賢さが故に、人の上に立ったり、偉ぶったり、人を支配したいという欲望に囚われがちです。だからロンの存在がとても大事。ロンはちょっと抜けてて、鈍感で、時に小さな誘惑に負けるけど、根っこの部分にゆるぎない善良さと誠実さとを持っています。悪はこういう人物を賢くないからという理由で見逃してしまう。それがロンの存在が必要とされるところです。ハリーとハーマイオニーは優等生同士ですから、お互いによき理解者にしかなりえないのでしょう。
 確か『指環物語』の主人公にも友人としてそういうキャラクターがつきそっていました。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-20 16:00 | 本・小説・映画

サマセット・モーム

c0173113_200297.jpg

 一番好きな作家は?と問われれば、サマセット・モームと答える。一般にモームは“通俗作家”と評されている。“通俗作家”がどんなものなのか正確には知らないが、語感としてはなんとなく“純文学”より格下に見られているんじゃないかと思う。でも、好きな作家を一人だけ挙げるとすれば、私は、漱石や芥川の名前でなくモームの名を挙げる。
 
 モームは小説の真髄は物語性にあると確信し、ストーリーテリングの妙をもって面白い作品を書き続けたが、その作品には、シニカルな人間観がある。(フリー百科事典『ウィキペディア』より。)

 私が好きなのはおそらく、そのモームのシニカルな人間観で、人の輪の中に入っていかないでどこか遠くから人間を見つめているような孤独と諦観が感じられる。
 特に『中国の屏風』(訳者:小池滋、ちくま文庫)というエッセイ集(とも少し違う、小説の素材のようなもの)はいつ読んでも、さまざまな色をした美しい小さな宝石を愛でてうっとりするような感じを抱かされる珠玉の作品集である。これはたぶん、訳者の力に因るところも大きいと思う。日本語の描写がとても美しい。
 モームは小説は面白くなくてはならないと考えていたようだが、私が好きなのはモームの作品の中でも、ストーリーのないエッセイであることを考えると、惹かれているのはストーリーの面白さではなく、モームの人間観であると言えよう。
 なのにモームは流行作家であり、“流行”である以上、時間の経過によってだんだんと読まれなくなっていくことをとても残念に思う。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-16 20:00 | 本・小説・映画

花束の想い出

 今回は「花束の想い出」と題された人形を作ってみました。本に載っていたのは花嫁と女の子2人ですが、作ったのは女の子のひとりです。花嫁は髪型やらドレスやら難しそうだったので。

c0173113_16204519.jpgc0173113_16205466.jpg


 中学1年生のとき、家庭科の授業で先生が「結婚についてどんなイメージを持っているか」というような質問をした。指された私は、何かで聞きかじった言葉をふっと口にした。
 「人生の墓場です。」
 先生は眉をしかめ真剣な顔つきで、
 「それはお母さんがそう言ったの?それともお父さん?」
と、親身になって心配してくださった。
 いえいえ、違うんです。そうじゃないんです。我が家はいたって平和な家庭です。誤解しないで下さい。教師の思わぬ表情に心の中ではあわてふためきながら、内気な私は小さな声で淡々と答えた。
 「あの…、本にそう書いてありました。」

 結婚とは人生の墓場である byボードレール
[PR]
by koharu65 | 2009-07-12 16:24 | 人形作り

暴力について

 幸いなことに私は生まれてから今まで暴力を受けるような状況に曝されたことがない。
 圧倒的な暴力を見たり聞いたりするとすごく怖い。善良な市民が突然襲われる。拳で、棍棒で殴られて血を流す。想像しただけでぞっとする。拷問も怖い。ちょっとでも拷問されたら、信念などあっという間に吹き飛んでしまうと思う。
 それでは、声高に“暴力絶対反対”と唱えられるかどうかというと、これもまた自信がない。なぜなら、暴力は外からやってくるだけでなく、自分自身の内側からも生み出されるものだからだ。
 自分自身を振り返ってみると、自分の正しさが相手に通じなかったり、自分が不当に虐げられていると感じたり、言葉による主張が封じられたりすると、怒りがふつふつと湧き上がり抑えきれないほどに膨らんで、相手や周囲の人間を叩きのめしたくなる。そういう感情を抱いたことがある。
 時が過ぎてみると、あの時どうしてそういう感情を抱いたのか、自分の中にどうしてそんな激しい怒りが熟成され得たのか、疑問に思う。けれどその時の感情の血生臭い感触は今でもありありと思い出すことができる。そして思い出すたびに苦々しく思う。
 個人の感情ならば抑えることができる。自分の意思や周囲の助け、環境によって。けれど私がかつて感じたような激情が大衆規模で巻き起こったとしたらどうだろう。激情の渦が個人ではなく、集団や組織をまるごと侵食してしまったなら、個人はそれにどう抗えるだろう。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-10 10:55 | 雑感

老人と私

 犬の散歩に出ると、時折見知らぬ人と会話する機会を得る。

 先日、夕方になって犬と土手の上を歩いていると、向かいからやって来たおじいさんに話しかけられた。
「それ、スピッツかね?」
「珍しいね。昔はよく見たけど。今はほとんど見かけないな。」
 ブルージーンズに白いTシャツ、Tシャツの上に空色の半袖のスタンドカラーの上着を羽織っている。背は低いが、腰と背骨がしゃんと伸びて、顔いっぱいに深い皺が刻まれている。皺の奥の小さな目が少し青みがかってみえる。84歳だそうだ。
「今はみんな小さい犬ばっかりだね。昔は大きな犬を飼ったもんだ。」
と言った。
 昔はどこそこの家に犬がいると聞くと、自分の家の犬を連れて出かけていって戦わせてくれと頼む、先方も、おお、いいよ、と言って、犬を戦わせて見物したそうだ。
 それから昔はこの辺りは民家など一軒もなくて、材木の集積場になっていた。山から切り出した木材が川を下り、集まった。子どもたちは上流まで歩いて遊びにいって、いかだに乗せてもらって帰ってくる。浅瀬で「ほれ、押せ」と言われれば、よしきたとばかりに飛び降りていかだを押す。そういう仕事をする代わりに乗せてもらうのだ。
 それから、昔は車なんて全く走ってなくて馬力だったとか、軽便鉄道が走っていたとか、少し雨が降ると一帯が水浸しになったとか、年寄りの肩をたたいて小遣い銭をせがんだとか、いたずらっ子でよく叱られたとか、こども時代の思い出をひとしきり話した。

 この間、静浜の飛行場に行ったけどね、飛行機の傍の若い連中と話したが、俺らみたいにグラマンやB29を本当に相手にしたことある奴なんてもういないやね。
 ひと抱えもある重い弾を高射砲に運ぶのに、こっちからこう抱えて振り向いたら、その間にすぐ隣にいた奴が機関銃に撃たれてもう倒れてるんだよ、まったく運だね。生きるか死ぬかっていうのは。俺は運がよかった。
 レイテ島に向かう直前、病気になって船を下りた。後から知り合いに会って、お前なんで生きてるんだ、って驚かれたよ。その船で行った連中は皆死んだからね。
 戦後、病院でね、隣のベッドの下士官が泣くんだ。故郷では葬式出して、墓まで建ってる。自分は死んだことになってるから恩給が貰えないと。
「え~?生きてます、って名乗りでてもだめなんですか?」
「証明する人がいないだろ。部隊が全滅したからさ。」
(この辺の事情は私にはよくわからない。)
 新潟の方の人が、証明する人がいないってんで、こっちの静岡の連中が証明してやったらしい。そしたら過去3年分の恩給が貰えたってんで喜んでね、魚やら米やらたくさん送ってきたって話を聞いたよ。
 兵隊に出てもね、冷たいやね。
 耳がよく聞こえないからね、障害者手帳が貰えるかと思って役所に行ったんだよ。そしたら、あんたは傷痍軍人だね、って言われて、ここじゃだめだ、東京じゃないとだめだって。厚生省の管轄だから。東京へ行けって言うんだよ。
 冷たいやね。

 「長々と悪かったね。」
 「いえいえ。楽しかった。」
 日が長いので空はまだ充分明るかった。梅雨の真っ最中で午後になって雨が上がったところだったが、蒸し暑くなく、話の間中土手の上はずっと気持ちのよい風が吹いていた。
 馬車が走っていた時代、少年がいかだで川をくだった日、日本が戦争をしていた時代はそんなに遠い昔のことでなく、今の私と地続きにつながっているのだと思った。
[PR]
by koharu65 | 2009-07-08 10:38 | 雑感