過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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映画『アバター』

 『アバター』という映画を3Dで見てきました。
 もし将来3D映画が主流になったら、今ある普通の2Dの映像は平板で物足りない時代遅れの遺物となってしまうかもしれません。『アバター』で用いられている奥行きのある立体的な映像やリアルなCGは架空の世界へと人々をいざなう映画の働きをより効果的に画期的に飛躍させていると思います。
 映画を見るとき、人はスクリーンに映し出される映像に引き込まれて、まるで自分がその中に生きているように感じることができます。けれどそれにはある程度見る側からの働きかけ、集中力、想像力や共感、思い入れなどが必要でしょう。3Dはそういった見る側からの映像へのアプローチの努力を軽減してくれるのだと思いました。こちらから平面の映像の世界に入りこむのではなく、向こうから立体の映像がやってきて見るものを包み込んでくれます。その力はとても心地良く刺激的でした。
 生まれて初めてヘッドホンを使ったとき、頭の中に直接音が飛び込んできた衝撃的な出来事を今でも覚えています。『アバター』を見て映画館から出た後、それと同じような、今まで味わったことのない新鮮で新しい感覚に心地良い酔いを感じました。ただ、今ではイヤホンで音楽を聞いても当たり前で何の刺激も感じなくなっているように、3Dも何度も見ればきっと新鮮さも感じなくなってしまうでしょう。次から次へとより新しい刺激を求めてやまない人間の感覚に少し恐ろしさを覚えます。
 
 さて、映画の内容ですが、あ、これは『もののけ姫』にそっくり、と思わされるシーンがいくつもありました。ストーリーの骨格を成している自然と文明の対立という点はもちろんのこと、具体的な“シーン”を挙げると、例えば『アバター』のくらげみたいな木の精と『もののけ姫』の木霊、神が降りる大樹、光の使い方、生命を与えるのか奪うのか決めるのは神のみであるというセリフ、怒れる動物が森の中を暴走するシーン、野生により近い存在である女主人公が動物の背にまたがって駆け抜けるシーンなど。『アバター』が『もののけ姫』に影響されていることは確かだと思います。
 そして興味深く感じたのは、そんなふうに『アバター』が日本のアニメ『もののけ姫』から映像イメージをモチーフとしてふんだんに取り入れているにもかかわらず、あくまでも『アバター』は古典的なアメリカ的思想に支配された映画であり、『もののけ姫』は日本的な自然観、文明観を表した映画になっているということです。
 両者とも自然(野蛮)の側と文明の側の対立をテーマにしていますが、『アバター』はその対立が鮮明であり、二律背反、善と悪。対立する両者は交わらないし戦いによって相手を排除することによってしか問題は解決しないといった考えがありありと見て取れます。『もののけ姫』はその対立や境界がずいぶんと曖昧です。どちらにも非はありどちらにも理がある。両者はそれぞれの生きる道を歩みながら、時に交わり、時に対立せざるをえません。
 『もののけ姫』のアシタカは最後まで文明の側にありながら、同時に仲裁者でした。『アバター』のジェイクは、寝返って身も心も完全に敵側に同化することでしか相手を助けることができません。イソップ物語のコウモリのようなことはできないということです。
 先ほど、『アバター』は古典的なアメリカ的思想に支配されていると書きましたが、地球人(スカイ・ピープル)とナヴィの対立に、私は白人とインディアンを連想し、また米軍とベトナムの姿も重ね合わせてしまいました。

 『アバター』は、3Dという最先端の技術を用いているにもかかわらず、映像イメージのモチーフの多くを既存の映画からそのままの形で借りてきているということ、それから古典的な構図を踏襲しているだけで何ら新しい理念を提示していないという点において、創造性やオリジナリティーに欠けていると思いました。
 しかしなんといっても娯楽映画なので、楽しければそれでいいのです。映画館に足を運ぶ価値はある映画でした。この映画の醍醐味は3Dであることなので、2Dも上映していますが、子ども以外はせっかくですので3Dを見るのがよいかと思います。私は字幕付を見ましたが字が邪魔で気になって仕方がなく、吹き替えにすればよかったと思いました。
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by koharu65 | 2010-01-24 14:54 | 本・小説・映画

政治問答

 先日書いた記事にいただいたコメントについていろいろ考えてみたのですが、政治のことはなかなかよくわかりません。そこで、私のブレーンに聞いてみました。


私:小沢さんって親中派なの?

B:まさか!小沢さんみたいなプロの政治家に、“親”中だとか、中国と仲良くしようだとかっていう感情はさらさらないよ。自国の利益が第一だからね。

私:じゃあ、大挙して中国訪問したのはどういうこと?

B:バランスを取るためだと思う。“脱米入亜”ってこと。基本的に小沢さんは強い日本をめざして日本を変えようとしてる人だから。自前の軍隊を持ちたいっていうのもそのひとつ。

私:あ、だから米軍基地の問題が持ち上がって来るんだ。

B:うん。基地の移転がどうのこうのって具体的な問題よりも、沖縄への負担だとか本土移転だとか国民全体を巻き込んで世論を盛り上げることで基地の問題がクローズアップされる。そうすると米軍基地の存在自体を問題にせざるを得なくなってくる。日本が独自の軍隊を持つための布石として、そういう方向性に誘導してるんじゃないかな。

私:最近小沢さんが追い詰められてるけど、失脚するかな?

B:うーん。失脚したら日本もしばらくだめかも。

私:えー、どうして?そんなに影響があるの?

B:小沢さん個人っていうよりも、小沢さんが失脚したら小沢さんに代表されるグループが打撃を受けるってことでしょ。それは日本を変えようとしている勢力だから、その力が弱まるってことは日本はしばらく停滞すると思う。

私:小沢さんも敵が多そう。

B:それは当然だろうね。長いこと独占的に権力を握ってきた人たちがいて、それをひっくり返したんだから心底恨んでる人はたくさんいる。それに日本人がいかに独裁者を嫌うかってことが今回よくわかった。

私:昨日、今日あたりからちょっとメディアの論調が変わってきた感じがする。民主党寄りのコメントを耳にすることが増えてきたような気がするんだけど。

B:政治ってそもそも汚いものだから、たたいたら必ず埃は出る。一番大きな問題は国のトップにいる政治家が国家の方針とか方向性に関わる施策を間違えることだと思う。中国のトップはたまにそれを間違える。

私:あ、そうしたら、二大政党って政治とカネの問題を少なくするのにも役立つかも。だって権力が常に交代する可能性があるなら企業と政治家の関係も緊密になりにくいんじゃない?癒着とか収賄が減りそうな気がする。

B:小沢さんは、日本にはアメリカみたいな二大政党が必要だって考えているらしい。
 まあ、とにかく、今、世界を支配するのがアメリカと中国の二国になりつつあって、欧州なんかはすごく焦っている。その二つの国が話し合って二国間だけでなんでも決めちゃうようになるかもしれない。この間のコペンハーゲンでの環境会議に既にそういう傾向があったし。日本の政治家や官僚の中にもそういう不安を感じている人たちがいるんじゃないかな。
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by koharu65 | 2010-01-20 12:50 | 雑感

外国人参政権

 政府・民主党会議は11日の会合で、永住外国人に対する地方参政権(選挙権)付与法案を通常国会に提出することを決定した。
 これに対して、国民新党代表の亀井静香氏は12日の記者会見で次のように述べた。
「憲法の精神の面からも参政権は慎重に扱うべきだ。参政権が得たい人は帰化すれば済む。帰化しやすくすることを考えればいい。」
 どう考えても亀井氏の発言内容が真っ当で理にかなっていると、私はそう思う。だからどうして民主党が外国人参政権を実現させたいのか、そこのところがよくわからない。63万人の永住者たちからの、参政権を得たいという強い要望が原動力となっているのだろうか。それだけだろうか。なんとなく奇妙な気がする。

 一方で、村上春樹のインタビュー記事の言葉を思い出した。
 「日本人や日本人をどう意識しているか」という記者の質問に対して、村上氏は「日本人というくくり方をするより、この日本という場所に住んでいる人々が、どう生きていくのが一番いいだろうと考えている。…」と答えている。(2009年6月18日読売新聞)
 この言葉を反芻するとき、日本の政治は日本国籍を有する者によって決定されるべきだという私の了見はとても狭いんじゃないかと思ってしまう。日本人という枠組みではなく、日本という場所に住む人々が日本の政治に関わることが必要なのだろうか。でもそうだとすると、国家という概念から考え直す必要があるんじゃないか。村上氏の言うように日本という国をある境界線に囲まれたひとつの地理的な区域と見るのか、それとも、政治的、社会的、文化的に統一されたまとまりとしての抽象的概念であるとみなすのか。もし仮に外国人に参政権を付与しようとするならば、国家とは何かという根本的な問題から検討しなおす必要があるのではないかと思う。
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by koharu65 | 2010-01-15 00:20 | 雑感

縁側で


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縁側の籐椅子に座ってひなたぼっこ

ふと上を見上げると柱に古いリースがかかっていた
朱色の木の実が枯れた枝から天の桟をめざして伸びている
 
肉厚の月下美人の葉が午後の日射しに透ける
すりガラスの向こうに柘植の影

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by koharu65 | 2010-01-11 10:22 | 雑感

パン屋と白兎

 携帯やパソコンに送られてくる広告メールは開かれずにそのまま捨てられてしまうことが多い。そこで、中国では、広告メールや無料配信メールに小噺や笑い話を挟みこむことが流行っている。中におもしろい話が載っていると知れば、それ読みたさにメールを開けるからだ。おもしろいもの、みんなの興味を引く話はそこからさらにコピーにコピーを重ね、人から人へと伝わり、ちまたに流布していく。
 それでは、私が聞いた小噺をひとつ。

 ある日、パン屋に小さな白兎がやって来た。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ。」
「あのですね、こちらに小さな白パン100個、ありますか?」
「白パン100個!?うちにはないです。」
「そうですか。わかりました。さようなら。」

次の日、再び白兎がきた。
「こんにちは、白パン100個、ありますか?」
「いえ、ありませんけど。」
「そうですか。わかりました。さようなら。」

 三日目、またまた白兎がやって来た。
「こんにちは、白パン100個、ありますか?」
「いいえ、ありません。」
「そうですか。さようなら。」

 四日目も、白兎は来た。
「こんにちは、白パン100個、ありますか?」
「いいえ、ありません。」
「そうですか。さようなら。」

 五日目、白兎が来た。
「こんにちは、白パン100個、ありますか?」
「いいえ、ありません。」
「そうですか。さようなら。」

 六日目、白兎がやって来た。
「こんにちは、白パン100個、ありますか?」
「はいはい。白パン100個ですね。ありますよ。」
「では、2個ください。」
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by koharu65 | 2010-01-08 09:25 | 中国・中国語

2009年紅白歌合戦

 2009年の紅白はつまらなかった。ちぐはぐでばらばらで工夫と意気込みがない。
 紅白で司会をしていた仲居正広が年が明けてから別の番組で、「みんなちゃんと歌ってくれてよかった。」と言っていた。そうか、年中行事として “ちゃんと”無事に仕事をこなすことが大事だったんだ。道理でつまらないわけだ。
 (余談だが、この「ちゃんと歌ってくれて…」という発言は、ずいぶん失礼な言い方だと思う。紅白の番組中にも彼は矢沢永吉に向かって「これに懲りずにまた来てください」と言っていた。これも司会の立場としては、なんだか変な物言いだ。)

 年始にテレビで昔の落語を見た。桂枝雀がだんぜんおもしろい。
 最近、古いものしかよいと思わなくなった。精神が保守的になっている。あまりよい傾向ではないと思う。
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by koharu65 | 2010-01-05 11:41 | 雑感