過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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春の夢


春の宵に たわいもない夢想をした
仙人のように 霞を食べて
千年生きられたらいいなと

春の酔いに ぼんやりと現をぬかす
霞を食べて 千年生きられるかしらんと

春の宵は 私のあずかり知らぬところで
千年 万年 繰り返される

『霞食い 千年生きたし 春の宵』

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by koharu65 | 2010-03-25 20:07 |

『掛川花鳥園』10.03.20

 静岡県掛川市にある『掛川花鳥園』に行ってきました。
 名前のとおり、花と鳥の園です。


c0173113_22245382.jpgc0173113_2225338.jpg孔雀のおしり
c0173113_22251142.jpgc0173113_22252010.jpgc0173113_2225296.jpg
ふくろうはじっとしていると置物に見えます。



 オープンして間もない頃にも行ったことがあります。その時はペンギンが土産物屋の中を自由自在に歩いていたり、エミューが放し飼いになっていて子どもが追いかけられて半泣きしながら必死に逃げても、係員はあわてず騒がず「まっすぐ逃げないで曲がって曲がって」って言うだけだったり、のんびりした雰囲気でほのぼのしていました。
 今はやっぱりいろいろ面倒があるのでしょう。エミューはエミュー牧場の柵の中、ペンギンは水鳥プールの中に落ち着いていました。(エミューは大人でもやっぱりちょっと怖い。餌を奪い取ろうと群がってくるし、嘴でつつかれると痛い。)
 餌箱のそばにいる若いスタッフが皆、見るからに動物好きといった感じで、常ににこにこして仕事を楽しんでいる様子でした。
 動物が好きな子はインコや水鳥に餌をやっているだけで、半日くらいは夢中になって遊びます。小学生くらいの子どもにお薦めです。
 同じグループ(加茂グループ)が運営する『富士花鳥園』にも行ったことがありますが、富士の方がベゴニア類の花の種類や数が多く、花に関しては見ごたえがあります。大人はこちらの方が楽しめるかもしれません。
 5月後半から6月の終わり頃までの約1ヶ月間は、同じ掛川市内にある『加茂花菖蒲園』もオープンしています。ついでにどうぞ。
 他にも神戸と松江に、加茂グループの花鳥園があります。今度、中国にもできるそうです。すごいな。
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by koharu65 | 2010-03-23 22:34 | 国内旅行


三波春夫~俵星玄蕃フルバージョン~

http://v.youku.com/v_show/id_XMTQxODkxNjg4.html
↑1999年第50回紅白歌合戦での俵星玄蕃
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8709661
↑ニコニコ動画にアカウントを持っている方は、こちらでも見られます。

 1999(平成11)年の第50回紅白歌合戦で、私は初めて三波春夫の『元禄名槍譜 俵星玄蕃』を聞いて衝撃を受けた。それまで三波春夫といえば、「お客様は神様です」という名セリフや、大阪万博のテーマ曲「こんにちは~こんにちは~世界の国から~」(『世界の国からこんにちは』)というメロディーや、あとはせいぜい『チャンチキおけさ』くらいしか知らなくて、単純な歌詞に一本調子のメロディーで古臭い歌を歌う人くらいにしか思っていなかった。
 それが、1999年の紅白での『元禄名槍譜 俵星玄蕃』を聞いたとき、鳥肌が立つほどの衝撃を受けた。この時76歳、結果的にこれが最後の紅白となり、本人にもそういう予感があったのかどうか、或いは渾身の思いが込められた凄みもあったのかもしれない。
 それから『俵星玄蕃』をCDで何度も繰り返し聞いた。
 少し前まで年末といえば風物詩のように必ず忠臣蔵のドラマが流されたものだが、最近はそのように共有される日本の文化の形もまたひとつ失われつつあるらしい。私自身は昔から忠臣蔵のドラマにはそう興味があるほうではなかったから、映画なりテレビなり小説なりまとまったものを一度として正式に見た覚えがない。にもかかわらず、不思議なことに、三波春夫の語りを聴いていると、雪の積もった街道を吉良邸に向かって走りゆく四十七士の意気込みや覚悟、日本人の琴線に触れる情緒がひしひしと伝わってくるのだ。

時は元禄十五年十二月十四日
江戸の夜風をふるわせて 響くは山鹿流儀の陣太鼓
しかも一打ち二打ち三流れ 思わずハッと立ち上がり
耳を済ませて太鼓を数え
「おう、正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ」

と気づいたのは、俵星玄蕃という槍の名人。彼の道場に夜なきそば屋の十助という男がいた。ところがこの十助、そば屋というのは世を忍ぶ借りの姿、実は四十七士の一人、杉野十平次で、杉野はそば屋に身を扮し吉良の屋敷を探っていたのであった。そうとは告げず稽古に励む杉野の姿に、俵星は並々ならぬ覚悟を感じ、もしや…と思っていた。
 そして12月14日の夜、陣太鼓の音を聞き討ち入りを確信した俵星は九尺の槍を手に吉良邸に駆けつける。俵星は吉良邸で総大将の内蔵之助を見つけ助太刀を申し出るが、内蔵之助はこれを丁重に断わる。と、まさにその時、一人の浪士が雪をけたてて現れた。
 
 「先生!」
 「おうっ、そば屋かあ~」
 
 この長編歌謡浪曲の元となったのは忠臣蔵外伝として、ある講釈師が創作した物語、槍の名手俵星玄蕃と四十七士のひとり杉野十平次の物語である。聴衆は俵星の視点に立つ。はっきりとは知らぬまま四十七士の一人を指南し、一大事のその時に自分の身の危うさも顧みず押っ取り刀で駆けつけて、躊躇なく義の側に味方する。そして、そば屋にあらず実は勇敢なる志士であった男に再会するのである。そば屋との再会に聴衆も俵星と一緒になって喜び、歓声をあげる。

命惜しむな 名をこそ惜しめ 立派な働き祈りますぞよ
さらばさらばと右左 
赤穂浪士に邪魔する奴は何人たりとも 通さんぞ
橋のたもとで石突き突いて 槍の玄蕃は仁王立ち

 この俵星の祈りと赤穂浪士の義を外ながら守ろうとする心は、忠臣蔵の物語に共感し浪士たちに深く同情する聴衆の心と一致する。忠臣蔵の中心人物を主役とせず外伝を題材にし、赤穂浪士への応援歌として聴衆の心を強く捉えたところが、この歌謡浪曲を名曲たらしめた一因ではないだろうか。

 youtubeの映像は三波春夫が若い頃のもの。
 その下のアドレスで1999年の最後の紅白の映像を見ることができる。若いときの方が声にハリがあるし力強くリズムもいいけれど、私はやはり円熟した芸のまろやかさと深みが出ているこの晩年のものがすばらしいと思う。
 最後の方、伴奏と歌が合っていない。伴奏が先走っているように聞こえるが、それは伴奏が早いのではなく、私には三波春夫自身がもうすぐ歌い終わってしまうことを惜しみ、このひとつの舞台を慈しむがゆえに、ゆっくりと終わりを引き伸ばそうとしているように見える。芸を追及し芸に生きた一人の男の人生がすべてこの時に集約されているようだ。本物の芸とはこういうものか、と思った。
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by koharu65 | 2010-03-18 21:44 | 音楽

郵便事故とそば屋の出前

 ある会社から請求書が送られてくる約束になっていたが、2週間余り経ってもちっとも届かないので電話してみた。経理の女の子が
 「えっ、xxさんに言われてその日にすぐに送りましたが、届いていませんか?」
と言う。
 「え~?2週間くらい前ですよね?届いてないです。おかしいですね。郵便事故でしょうか?じゃあ、お手数ですが、再発行してもう一度郵送していただけますか?」
 「はい、わかりました。もう一度送ります。」
 電話の後、仕事仲間に
 「xxから届くはずの請求書がちっとも届かないから電話してみたんだけど、とっくに送ったんだって。いまどき、郵便事故ってあるんだね。」
と話すと、彼は間髪いれず
 「まだ送ってないんじゃないの?」
と言った。
 「え?そうなのかな?」

 それが月曜日のこと。今週中には届くだろうと思ったのにやっぱり届かないので、待ちきれず金曜日の午後一番に再び電話してみた。
 「あの、請求書は再発行して送っていただいたんですよね?」
 「はい、お電話いただいた日にすぐに出しました。届いてませんか?」
 「ええ、まだ届かないんです。変ですね。2度も届かないなんて。住所を間違えてるってことはないですか?」
 「以前送ったときはちゃんと届いてますよね。合ってるはずです。」
 「そうですか。それではご面倒をかけて申し訳ないんですけど、もう一度郵送してください。」
 「わかりました。送ります。」
 「すみません。」
 そう言って頭を下げ電話を切った半時間後に請求書が届いた。私は大急ぎで、封を切る前に電話に飛びついた。
 「もしもし、xxと申しますが経理のxxさんいらっしゃいますか?」
 「あ、私です。届きましたか?」
 「ええ、ええ。たった今、届きました。お手数かけました。」

 電話を切り、封を開けて中身を取り出し確認し終え、ふと思った。あ、消印はどうなっているんだろう?ごみ箱から封筒を取り上げ、消印を確認する。あ、水曜日だ。え?月曜日に出したっていうのは嘘だった?
 もしかしたら、2週間前に出したっていう話も嘘?
 でも、そんなことで嘘をつく意味ってあるんだろうか?たかが請求書で?「すみません、ちょっと忘れていて、今から送ります」とか、「水曜日に出したので今日あたりそちらに届くんじゃないでしょうか」とか言えば済む話である。こちらは別に急ぐわけもなく請求書なんて支払う方にとっては届くのが遅ければ遅いほどいいわけで、ただ、「出した」と言うものが届かないのはおかしいので事実確認をしたかっただけなのである。遅れていることで相手を責めようなどという気は全然なかった。
 そんなことでとっさの嘘をさらさらとつくという心境が私にはちっとも理解できず、いったいこれはどういうことなのかと、もやもやが広がった。胸の中に霧が立ち込める。
 しかしそう言えば、仕事仲間は初めの電話ですぐに「まだ出してないんじゃないの?」と看破した。郵便事故などと思った私が間抜けなのだろうか?

 晴れない胸の内を、夕飯の席でごちゃごちゃと家族に話すと、母が言った。
 「そば屋の出前と同じでしょ。」

 お~!そば屋かあ~

 胸の奥につまった疑問が一気に氷解した。なるほど。そうだったのか。注文したそばがまだ来ないという電話に、今出ましたを繰り返すそば屋の出前だったのか。
 霧がすっかり晴れた。
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by koharu65 | 2010-03-14 11:41 | 雑感

人形の行く先

 3体の文化人形が貰われていった。
 中国の孤児院の子どもたちの元へ届く予定である。

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 「3つだけだけど、いいの?」
 「いいよ、いいよ。絶対に喜ぶよ。女の子はこういうの大好きだよ。」
 「だって3人分しかないのに大丈夫?不公平じゃないの?」
 「大丈夫、大丈夫。他にもいろいろ集めて持っていくから。」

 世界中の子どもたちがみんなみんな、健やかに成長しますように…。
 (『我不想説我是鶏』より。)
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by koharu65 | 2010-03-07 21:28 | 人形作り

ひとでなし

 “ひとでなし”とは“人ではない”ということである。人でないということは獣や虫けらの部類かと思うけれど、我が家のポチがご主人様の手を咬んでも、ポチに向かって「この、人でなしめ!」とは決して言わない。獣は初めから獣であるので、獣に向かって「お前は人ではない。」と言うのは単なる客観的事実の叙述にすぎない。罵り言葉としての「ひとでなし」は人に対してしか効果を発揮しない。
 同義語に“人非人”がある。漢語の方がわかりやすい。“人であって人に非ず” だ。人でありながら人と認められないものを“人非人”と言う。人はある種の人間を人と認め、ある種の人間を人と認めない。生物学的な分類とは異なった“人”の概念が、世間一般の人々の間に共通した認識として形成されている。生物学的分類では、哺乳類であるとか、二足歩行をするとか、文明や文化を形成するとかいう、実際に存在する人間の様相から“人とはこういうものである”と分類づけられる。しかし、それとは別に私たちは“人とはこうあるべきだ”“あらねばならない”と考える。 そしてそこからはずれた人間を「ひとでなし」とか「人非人」とか呼んで罵るのである。
 「非国民」という古い言葉がある。国民に非ざる者なら外国人であるかと思えばそうではない。外国人に向かって「非国民」とは言わない。「非国民」と呼ばれるのは国民のみである。そうあらねばならぬ国民としての姿をはずれた者が非国民と呼ばれる。そうあらねばならぬと期待される国民の像はいったいどうやって社会一般に形成されていったのだろう?どうして多くの人は世間から要求される立派な国民像というものに自らをあてはめていったのだろう?
 オリンピックのスノーボード選手が日本の代表らしからぬ服装をしたといって非難を浴びた。強い横綱が横綱らしからぬ振る舞いをしたと引退を迫られた。スポーツの世界では実力があればいいじゃないかと、私なんかはそう思うのだけれど、そうはいかないのが世の中というものらしい。
 ヴィヨンの妻は「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。」と言ったけれど、なかなかそうは開き直れない。
 “ひとでなし”と言われても、それが“人手なし”だったり“ヒトデなし”だったりしたら、「ネコの手でも貸しましょうか。」とか「そうね、最近は海も汚染されてるし。」とか、のん気に答えられるんだけどね。
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by koharu65 | 2010-03-01 20:41 | 雑感