過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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若葉

 暖かくなり始めたと思ったら、このところまた冬に逆戻りしたかのような寒さが続いていた。
 今日、東京で桜が開花したと聞いた。ならば静岡はとっくに開花しているはずなのに、隣の桜の木はまだ固い蕾のままだ。今年は春が遅いのかと思っていた。

 体調が回復して、久しぶりにゆっくりと散歩に出かけたら、思いがけず空が青かった。木々の緑が冬の色と違うことに突然気づく。若く柔らかい芽がすくすくと伸びているのだ。なんて美しいのだろう。なんて気持ちがいいのだろう。春はもう訪れている。

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by koharu65 | 2011-03-28 21:43 | 雑感
 風邪をひいてしまった。
 熱はないけれど、くしゃみ、鼻水、喉の痛み、頭痛、と、風邪の諸症状のオンパレードだ。
 いただき物の国産純くず粉とカナダ土産の蜂蜜におろし生姜を加えて、葛湯を作る。ひとり台所でそれを飲みながら、被災地で風邪を引いている人はどうしているだろうと、思いを馳せる。どんなときでも、体が頑丈でありさえすれば心強いけれど。

 いつもより早めに布団に入り、眠れるだろうかと思ったら、朝までぐっすりだった。薬のせいかもしれない。
 長い夢を見た。6人くらいのグループで田舎へ旅行に出かけた。湖で可愛らしい少女の人魚に出会った。普段、姿を現さない人魚が、私だけにこんなに親しく寄り添ってくれるのは、大変めずらしいことだと、うれしく光栄に思う。
 ところが、旅行から帰って母に写真を見せると、人魚の写真だけが抜けていて、あれは夢だったのだろうか、いや、そんなはずはない、と狐につままれたような気分。その抜けている写真の前後には、一面菜の花の写真が何枚かあった。全面黄色の菜の花の写真は目に鮮やかでとても美しいけれど、構図がいまひとつで、これは私の撮った写真じゃないな、と思う。私ならもっと上手く撮るはずだ。そうか、人魚の写真は、私の撮ったカメラの中にならあるかもしれない。

 朝、起きてみると、原発事故のレベルが5から6に上がっていた。
 一昨日、池上彰さんの原発と放射能に関する特別番組で、専門家が手書きのフリップを掲げながら言った言葉が心に残っている。
 「本当にこわい放射能と、本当はこわくない放射能があります。」
 福島原発の現場には、本当に危険でおそろしい放射能に立ち向かって戦っている作業員や消防の人達がいる。一方で、私たちは、そこから遠く人体に影響のあるほどでない量と継続性があるかどうかもまだ定かでない場所で、本当はこわくない放射能に怯えている。私たちはこわくない放射能に対して、必要以上に不安になることはないんですよ、という趣旨であった。その専門家の方が、自分の持っている専門知識に基づいた判断を、一所懸命、誠実に言葉をつくして多くの人に伝えようとしている様子に、心を打たれた。
 消防隊員や警察官、各市町村長など、実際に現場で動いている人たちと同様に、こんなふうにそれぞれの場所で自分の責務だと心得ていることに忠実に一所懸命尽くしている人達がいると思うと、本当に頭が下がる。
 本当は、こういう説明を、日本の首相が国民に向かってやらなきゃならないんじゃないか。情報公開というのは、ただ生の情報をそのまま伝えればいいってものじゃない。的確な情報を、的確な時に、的確な説明を伴って流すべきである。それによって、国民を安心させ、力づけなきゃいけないんじゃないか。ただ人心を不安に陥れるだけの発表に何の意味があるのだろう。

 しかし、これだけの頼りない政府の元で、これだけの秩序と規律が保たれる日本人というのは本当にすごいと思う。他の国だったら、とっくに大パニック、大混乱になっていてもおかしくないと思う。
 夫に、
 「ねえ、すごいよね。これだけ冷静なのって。」
と言うと、
 「そもそも日本人が素質に優れているのと、それから経験があるからじゃないかな。」
 「経験って?だって、戦後何十年もの間、日本は平和で、危機管理が甘いって。」
 「原爆を受けたことがあるのは日本だけだよ。」
 「でも、それってもう昔のことで…。」
 ああ、でも、そこから日本が出発してここまできたのは、確かに日本人みんなの記憶の底にあるのかもしれない。それに、阪神大震災の経験も。

 実は、本当に本当のことを言うと、私は放射能が怖い。いくら専門家が、本当はこわくない放射能に対して“必要以上に”怯えることはありませんよ、と力づけてくれて、勇気づけられて、気持ちが落ち着いたとしても、私はやっぱり怖い。

 放射能に対する漠然とした私の不安は、死という概念に対する漠然とした恐れに似ている。
 それは、どこか遠くから風に乗って刻々と私に近づいてくる。目に見えず、体に感じず、それが、いつ私の元へ到達するのかわからない。けれどそれは、大気に潜み、水に溶け、食物に混じり、私の知らないうちに、少しずつ、私の体に浸透していく。
 …
 小人閑居して不善を為す。こういうろくでもないことに考えをめぐらさずに、しっかり休んで、まずは風邪を治して健康を取り戻そう。

 おやすみなさい。
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by koharu65 | 2011-03-25 21:52 | 雑感

国家の存在の意味

 夫は、政府の言うことは信用するな、と言う。これは彼の身についた習性だ。
 私にはそういう習性はないけれど、それでも、「大丈夫です」「人体に影響ありません」と盛んに喧伝される言葉は、空言に聞こえてしかたがない。
 「一年間、食べ続けても大丈夫な量です。」
という言葉が、いったい何を指し示すのか?これを安全宣言と受け取ることのできる人はなかなかいないだろう。この言葉がエクスキューズであることは誰だって感じ取っているはずだ。
 報道では常に、「汚染されていることは確実ですが、ただし、…」という主文が省略される。

 自分勝手な話だけれど、もし私が、北関東に住んでいたら、今ごろ中国にいただろう。東京に住んでいたら、パスポートと航空券の手配をしているかもしれない。ここ、静岡にいてさえも、一人だったら、しばらく国外に出ることを可能性として考える。これはあくまで仮定の話で、距離によって切迫感が異なるということと、逃げる場所があるのならば誰だって逃げたいんだと言いたいのであって、普通は、そう簡単に逃げることはできない。20km圏内の人たちは、断腸の思いで、家屋や生活を手放してきている。
 いくら放射能の脅威に怯えようとも、この場所(具体的な場所ではなく、抽象的な概念としてのこの場所)で生まれ、この場所で育ち、この場所に家のある私たちは、これからもこの場所で生きていかなくちゃならない。汚染された地域を含んだ(抱えた)日本という場所で生きる覚悟をしなきゃならない。
 原発からの放射能流出は、たとえその直接の原因が天災だったとしても、そういう危険な存在を今まで許してきた私たち、みんなの責任だ。国民全員でその責任を引き受けていかなければならない。そういう覚悟をしなければいけない。

 日本の政府には果たしてそういう覚悟があるのだろうか?
 これからも長期的に汚染物質の問題を抱えていかなくてはならない現実を見すえて、その上で、どうしたらいいかってことを考えなければいけないんじゃないだろうか。大丈夫です、安心してください、と言うばかりでは、この厳しい現実を日本全体としてどう乗り越えていくべきか、乗り越えていかなくっちゃならないかという姿勢を、国民に向かって示すことができないんじゃないか。
 日本の政府が、この事態をどう直視し、どう判断し、どう覚悟し、どう決意し、どう解決し、どう乗り越えようとしているのか、私にはその「顔」がちっとも見えない。だから怖くてしかたがない。

 以前、国家というのは何のためにあるのだろうと考えたことがある。国家は、人が人を殺してはいけないというルールの外にある。死刑も戦争も国の命令によってのみ、遂行可能だ。これはどうしたわけだろう?国家だって人としてのルールに従わなきゃいけないんじゃないか、どうして国家には殺人が許されるのだろうか、その時は、いくら考えてもわからなかった。
 しかし、今、わかったことがある。私たちは国家に命を預けているのだということ。国家は国民の命を掌握しているのだということ。国家権力には、国民の生命を与奪する権利が暗黙のうちに含まれているのだということ。国家とは、そもそもそういう存在でしかあり得ないのだということ。
 私が受けてきた教育の中では、国家権力というものがまるでファシズムと同義語のように語られ、忌み嫌われてきたように思う。けれど、こういう情況で考えるのは、国家がその権力を振るわないことによって、奪われる生命もあるのではないかということだ。

 国家とは何のためにあるのか、軍隊とは何のためにあるのか、軍隊のひとりひとりの命が大事だと言って、戦地に赴かせることができないなんてあり得るのだろうか。
 一人でも多くの人の命を助けるために、どんなことをしてでも真っ先に現地へ軍隊なり救援隊を向かわせる決然とした姿勢も示せずに、隊員の安全を再確認してからの対応なんて口先だけの人道主義を信じることができるだろうか。
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by koharu65 | 2011-03-21 14:37 | 雑感

『春爛漫』- 森田童子



 森田童子の歌って、どうしてこうも物悲しいのでしょう。春を歌ってさえ。

 ♪春よ 春に 春は 春の
  春は遠く

 ♪青く 青き 青の 青い
  青さの中へ

 春に何があり、春はどうしたのか、春の何を求めているのか、わからないまま、「春よ」と呼びかける。
 遠い春を呼ぶ。
 青く、青き、青の、青い、悲しみが、流れていく。

 助詞の変化や形容詞の活用だけで、その後に続く言葉を語らない。語らないことによって(或いは語れないのか)、言葉にできない感情を伝えているように思います。
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by koharu65 | 2011-03-20 21:33 | 音楽
 今朝、父が、近所のホームセンターに行くと言って出かけた。広告が入っていて、安い靴があるから、と。
 30分ほどして戻ってきた父が興奮気味に言った。
「びっくりしたぞ。混んで。平日の昼間に、駐車場にすごい車だ。
みんな、トイレットペーパーを買ってる。電池はもう全然ない。
靴はサイズが合うのがなかったから、俺は何も買わなかった。」
「へえ。手ぶらで帰って来たの?よく釣られてトイレットペーパー、買わなかったね。」
「いや、もうとてもあのレジに並ぶ気にはなれない。
…しかし、みんな、金は持ってるんだな。」

 昨日、ある人のブログを覗いたら、「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」と「お茶がないなら酒を飲めばいいじゃない」というタイトルが続いていた。
 確かに、家の近所のスーパーでも、水は棚に一本もないのに、ウーロン茶やら緑茶やらジュースやらはいつもと同じようにたくさんある。カステラの袋とパウンドケーキがワゴンに山ほど積まれていた。
 不思議なことに、コンビニではパンの棚が空っぽだったのに、そこから歩いて3分のスーパーでは、いつもどおりたくさんのパンが並べられていた。流通経路が違うのだろうか。逆に、スーパーでは不足していたカップ麺が、コンビニの棚いっぱいに並んでいた。
 
 実を言うと、少し前、これは非常事態だ、と感じ始めたとき、これからは皆少しずついろんな事を我慢しなくちゃならなくなるんだろうな、と思った。お互いに譲り合って、国民全体でこの困難を乗り越えていく覚悟をしましょう、という空気が満ちていくのではないかと思った。「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンが脳裏に浮かんだ。
 でも、どうやら時代錯誤だったようだ。戦時中と違って、物資がないわけじゃないんだ。日本は豊かなんだ。そしてバラバラなんだ。

 決して、「欲しがりません、勝つまでは」を推奨しているわけではないので、どうか誤解なきよう。
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by koharu65 | 2011-03-17 21:23 | 雑感

人を呪わば穴ふたつ

 どうしてあんな人が東京都知事という、人の上に立つ仕事に就いているのか。
 簀巻きにして東京湾に沈めてやりたい。
 
 …という文をちょうど書いたところで、揺れを感じた。
 あわてて、スリッパのまま外に飛び出す。
 軒下で一瞬立ち止まり、あ、まずい、瓦屋根の下だ、と思い直し、道路際までダッシュ。
 
 震度4。
 ちょっと神経が花瓶になっているかも。…あ、間違い。過敏。いっそ花瓶になりたい。花瓶だったら何も感じることなく、粉々に砕けてしまえる…。

 静岡には浜岡原子力発電所がある。
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by koharu65 | 2011-03-15 23:07 | 雑感
 3月11日午後、ここ静岡でも思わず外に飛び出すほどの揺れを感じた。庭の池の水が、大きく波打っている。道を歩いていた人や車を運転していたは気がつかない様子。震度4。
 一気にどかんとくる突き上げるようなたて揺れではなく、大地がまるごと揺さぶられているようなゆっくりとした横揺れが長く続いた。
 大きかったね、長いね、怖いね、と言い合いながら、震源地もきっと近くだろうと予想した。ところが、5分ほど経ってネットを見てみると、震源地が三陸沖?それで、静岡でこれだけの揺れだとすると、もしかして大きな規模の地震なんじゃないか?各地の震度は?震度7っていうところがある!

 それからずっとテレビの前で刻々と伝えられる情報や映像に見入った。
 テレビをずっと見ていたら、胸がざわついて、不安や恐怖でいてもたってもいられないような気分になってきた。
 翌日も、テレビは、断片的な被災状況を絶え間なく流し続けている。しかし通信や交通の遮断によって全容はなかなか明らかにならない。
 幸い被災地にならなかった自分が、こうして普通の生活をしていることが奇妙に思えてくる。くらくらと眩暈がする。胃が痛い。普段揺ぎないものだと信じて疑わないこの生活を一瞬にして失ってしまうことが、因果応報の条理から外れた天からの突然の采配によって起こり得るのだという恐ろしさ、そういう危うさの上に成り立っている私たちの存在の軽さ、生の不確実さ、という想念に押しつぶされそうになる。

 その日はちょうど、母が友人たちを家に呼んで食事会をする予定であった。地震発生後、しばらくして、友人の一人から電話がかかってきた。
 友人:今日の食事会、やめにする?
 母: え~?どうして?
 友人:テレビを見ていたら、なんだか気持ちが悪くなっちゃって。それどころじゃない感じ。
 母: 皆で集まっておしゃべりした方が気がまぎれるよ。

 名古屋の妹に電話すると、6歳の姪っ子が電話を取った。
 ママね、こわムシなんだよ。ママとあたしとね、一緒にくっついて、怖い怖いって、テレビ、見てるの。

 家にいた上の妹が、何かに取り付かれたように、水と懐中電灯を買いに行くと言って出かけた。帰ってきて、ヘルメットが売り切れだった、どうしよう、と言う。スーパーがすごく混んでたよ、と不安げに言った。母が、今日、広告が入ってたからでしょ、大売出しだから、と、こともなげに答えた。

 ざわつく心を持て余しながら、私はある人のブログに次のようなコメントを書いた。
 …テレビを見ていると辛くて怖くなるのですが、見ずにもいられません。幸い被災地にならなかった自分がこうして普通の生活をしていることが奇妙に思えます。すぐそこで、大勢の人々が犠牲になっているというのに。
 すると、次のような返事をいただいた。
 …テレビやネットでいろんな画像が入りますが、これらを見てはたして[体験]といえるのか?かえって慣れ?てしまうのではないかという怖さをかんじます。
 私は、はたと気づいた。
 そうだ、結局のところ、私はこれをただ「見ている」だけなのだと。「体験しているのではない」。
 普段、誰かの身になってみるということは、とても大切なことだけれども、今私はこれをただ「見ている」のであって、決して「体験してはいない」。それを混同してはいけないと思った。(コメントの返事を書いた方の意図とはおそらく違うものなのだろうけれども。)
 被災地の人々は家族や家を失って辛い思いを抱えながらも、生きている自分が今をどう過ごすか、この一日をどう乗り越えるか、に精一杯の状況だろう。起きたことを映像によってテレビの向こうに「見ている」私たちは、心はそれをあたかも体験しているように感じながら、一方で、身体は今までと同じ生活を送っている。普通に食べ、飲み、お風呂に入り、暖かい我が家で眠りに着く。
 否が応でも、生きるために、食べるものや着るもの、寝る場所のために体を対応させねばならない「体験している」人々と違って、「見るもの」は安全な場所に居ながら、心だけが焦燥に駆られ、不安やパニックに襲われる。

 映像のインパクトがどうしても強いので、ついテレビばかり見がちになるけれど、じっくりと新聞を読むと、少し落ち着くような気がする。新聞には被災者の人々の「声」が載せられていた。
 上空から映される焼け野原のような情景をテレビで「見る」よりも、活字になった被災者の人々の「声」を「聞こう」と思う。
 自然災害の圧倒的な威力を見せつけられて心がくじけてはいけない。それを体験している人々の、ひとりひとりの声に耳を傾けて、自分ができることを考えていこう、と自分自身に言い聞かせる。

……
 3日目の午後になり、現地に記者が入り、テレビからも被災者の肉声が届き始めた。
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by koharu65 | 2011-03-13 20:33 | 雑感

ニュースの不思議

 米国務省のメア日本部長(前駐沖縄総領事)が沖縄について「ごまかしとゆすりの名人」などと発言したことが話題となっている。
 これはいつどのような場での発言なのだろうと思ったら、昨年の12月3日、日本へ研修旅行に出かける予定のアメリカン大の学生ら14人に対し行われた講義でのことだそうだ。メア氏によれば講義はオフレコ(非公開)で行ったとのこと。
 アメリカのいち大学でのオフレコの講義内容が、なぜ三ヶ月経って、突然このようにニュースとして大きく取り上げられているんだろう?こういう政治的なニュースを、今載せようとか、いっせいに取り上げようとか、或いは記事にするのはやめようとか、いったい誰が取捨選択するのだろうと、いつも不思議に思う。

 日米関係に力を入れていた前原外務大臣が辞任に追い込まれたことと、沖縄のアメリカに対する感情を刺激するようなこのニュースと、これらは一連の動きなんじゃないかと思う。

 更に、民主党の土肥議員が韓国で、竹島が韓国の領土であると明記されている共同宣言に署名したというニュースも、この人が管直人の側近だという話とセットになって流されている。

 どうも、なんだか、雲行きが怪しい。現政権を一気に追い詰めようという包囲網が敷かれているような気がしてならない。
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by koharu65 | 2011-03-11 11:13 | 雑感

智恵袋の罪

 私は、時々、ヤフー智恵袋の中国語カテゴリを利用する。中国語に関して何かわからないことがあって、近くにすぐに答えてくれる人がいない時、智恵袋で質問するのだ。その代わりといってはなんだけれど、たまたま私が答えられる質問に出会ったら、答えるようにしている。
 先日、こんな質問に出会った。

 北京に留学に来たばかりなのだけれども、一年間大学で中国語を勉強してきたのに、現地に来てみたらちっとも聞き取れないし、しゃべれない。同じ寮の外国人は自分以外は中国語の会話に困らない韓国人留学生たちなので、自分は孤立してしまっている、どうしたらよいだろうか。

 …と、要約すると、だいたいこんなふうな内容である。勉強に行き詰って精神的にまいっている様子が伝わってきて、私もその昔北京に留学していた身で、何かアドバイスできるだろうかと一晩考えた。次の日、質問文をもう一度読み返してみて気がついた。
 北京に着いたのが3月1日、質問を出している日付が3月2日。まだ1日しか経ってない…。てっきりひと月くらい経って孤独に苛まされてどうしようもなくなっての話だと思っていた。外国に来て一日経っただけで、ネット上で悩みを公開し、更にそれに対してすぐに誰かが答えてくれて何かしらの反応が得られる。
 パソコンのお蔭で、ネットのお蔭で、見も知らぬ誰かと常に繋がっていることができるようになった。これは、もしかしたらとても不運なことであるのかもしれない。いつでも誰かに何かを伝えられて答えが返ってくるネットという手段があるがために、たった一日の孤独さえ噛みしめる余裕が与えられない。

 以前、ラジオで谷村新司が、携帯電話の功罪について、同じような話をしていた。
 携帯電話のない時代、デートの待ち合わせの時間というのは、二人の間に何かを醸しだす重要な役割を果たしていた。相手はどうして遅れてるんだろうか、何かあったんじゃないか、時間を間違えたのだろうか、それともすっぽかされたんじゃないか、嫌われただろうか、さまざまな想像をめぐらす。それだけに、相手が現れたときの喜びもまたひとしおだ。事情がわからないまま待つその時間、相手のことをいろいろと考えながらひとりで待つ時間、その時間に、ある種の特別な想いが熟成されていく。
 …というような話だった。

 その昔、中国に留学すると決めたとき、私は、今までの関係性が剥ぎ取られた場所で暮らせば、何か新しい自分を創り上げることができるかもしれないという期待を漠然と抱いていたような気がする。世界中どこにいてもどんな時間でも同じ空間にアクセスできるネットという存在は、自分自身で自分の物語をじっくりと練り上げ熟成させていくという時間を、それを必要とする若い人たちから奪い取っているんじゃないだろうか、と思った。
 
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by koharu65 | 2011-03-08 21:14 | 雑感

『DADA』-RADWIMPS

 先日幼稚園の姪っ子に影響された音楽の話を書いたら、昨日また、今度は中学生の甥っ子からおもしろいミュージックビデオがあると教えられた。とてもいい。パフュームと並べてしまっては申し訳ない。ちょっと比べ物にならない。(分野が違うので、それはそれ、これはこれ、ということで。)



 甥っ子に見せられたのは、『DADA』というこの曲だけれど、他に『狭心症』というメッセージ性の強い曲があって、これはハートにずしんと来る(ああ、こんな俗っぽい言葉でしか表現できないなんて!)。興味のある方はぜひ『狭心症』の方を聞いてみてくださいな。
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by koharu65 | 2011-03-06 14:30 | 音楽