過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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 『カタツムリの家(原題:蝸居)』という長い中国ドラマを、ようやく見終わった。
 大都市の住宅問題、土地開発・立ち退き問題、拝金主義の風潮、官僚の汚職、愛人問題など、現代中国社会の様々な問題を背景として、夫婦や家族、恋人間のあり方を描いた複雑なドラマで、放映当時、大きな話題となったそうである。
 夫に言わせると、普段どっぷり浸かっている日常生活をドラマで見ても“面白くない”とのことなのだけれど、外国人の目で見ると、中国独特の社会や人間模様を垣間見ることができて、なかなか面白かった。
 
 ドラマを見ていてなによりも感じたのは、中国社会では法的な拘束力よりも人の情による拘束力が強いのだなぁということ。『カタツムリの家』の中の様々なトラブルは、そういう伝統的な人間関係のあり方とお金の問題がないまぜになった結果、発生しているのだと思った。
 これは経済が急激に発達している今の中国社会に独特の問題なのだろうか?そうとばかりは言えないような気もする。確か『紅楼夢』でも、一族の栄華と衰退が宮廷との関係によって左右される様子が描かれていた。
 現代では、栄枯盛衰をともにする単位は、紅楼夢の一族郎党よりももっとずっと小さな、“カタツムリの家”並みの規模に縮小されているけれど、それでも、ドラマに出てくる中国人の多くは個人の欲望のために動くというより、家族や身内の繁栄と幸福のためという動機によって突き動かされているかのようだ。
 
 ドラマには、金持ちの官僚の愛人になる海藻という二十歳半ばの女の子が出てくるのだが、このドラマがアップされているYoutubeのコメント欄には、彼女を非難する声がとても多く、やはり儒教的道徳観が強いのだと思う。
 私は、彼女に同情する気持ちが強い。ただのわがままで享楽的な女の子だとは思えない。海藻は若くて素直で一所懸命に生きている。それだけに社会の風潮や家族の思惑に敏感で、彼女のいろんな選択は彼女自身の自由な意志というよりも、社会の反映であり、世間によって選ばされた結果である。

 最後に、彼女がアメリカに向かって発つことになって、私はほっとした。これで彼女は自由になるのだと。このドラマの結末はストーリー的に見れば偶然の産物ではあるけれど、私は、彼女がこの自由を手に入れるために高い代償を支払ったのだと思えてならない。こんな感想を聞いたら、中国の視聴者は、とんでもないと怒るだろう。コメント欄には、欲望のままに好き勝手をやった彼女が子供を失ったのは自業自得だし、当然の報いだという感想が多かった。
 けれど、それまでのドラマの中の人間社会が、私にはあまりにも複雑で窮屈で殺伐として感じられ、もともと若さゆえの素直で溌剌としていた彼女の自然な感情が、次第にそういう社会に飲み込まれ染められていく様子が暗く重くのしかかってきていたので、アメリカという地が、重い中国社会の拘束から逃れる自由への希望と約束の地であるかのように(現実のアメリカは違うとしても、イメージとして)、感じた。


 近頃、日本の報道では、中国の地方での暴動や騒乱に関する記事をよく見かける。新聞によると、コネが横行し、貧富の差がますます開く不公平感が火種となっているそうだ。
 数ヶ月前、たまたま何かの話をしていて、夫がこんなことを言った。
「中国の社会の不公平さはこの先もずっと変わらないと思う。」
「え?それって、体制が変わっても、ってこと?」
「うん、そう。」
  “結果の平等”を好む日本人の方がずっと社会主義的なメンタリティーを持っているとはよく言われることだけれど。
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by koharu65 | 2011-06-28 20:45 | 中国ドラマ『蝸居』

久しぶりに夢の話

 最近、夢をあまり見ない。見ても日常的なつまらない夢しか見ない。などと思いながら寝たら、怖い夢にうなされて、夜中の3時に目が覚めてしまった。
 長い夢だったのだけれど、前半はよく覚えていない。知らない異国の町でさまよっていたような気がする。目が覚める直前はこんな場面だった。
 路上で、マツコデラックス(!?)のような巨体の、男だか女だかわからないような人物に出会う。セーラー服のような服を着ているが、体つきは筋肉質で、ブルドッグのようないかつい顔をしている。しかも同じ顔をして同じ服を着たそっくりの人間が二人、別々の人と話しながら、街角に立っている。私はその二人を、私に害を為す者たちだと認識して、恐ろしく感じる。その二人が私に気づかないうちにここを立ち去らなければ、と思うのだが、蛇に睨まれたカエルのように足がすくんで動けない。気づかれないうちになんとか立ち去らなければ、と気持ちだけが焦り、体は金縛りにあったように動かない。その恐ろしさの中で目が覚めた。
 つまらない夢などと夢を馬鹿にしたから、しっぺがえしを食ったのか。

 
 
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by koharu65 | 2011-06-27 21:13 | 夢の話
 新しく整備された河川敷の公園へと足を延ばしてみたら、びっくり。イングリッシュガーデン風の花壇ができあがっていた。公園の花壇といったら、普通、幾何学的に整然と並べられたものがほとんどなので、これはめずらしい。優しげな草花たちが何種かごちゃまぜになって植えられている。近頃は役所も粋な事をするじゃないかと感心した。

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 芝生の上に群生する「ねじり草」。ねじれ具合に、それぞれ個性がある。一本でスッと立ってる澄ました美人がいるかと思えば、二、三本寄り添っておしゃべりしてるかのような可愛らしいのもいる。ああ、これが可愛い、これも形が面白い、などと目移りして次から次へと見ていたら、時間があっという間に過ぎていった。

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 名も知らぬ草花たち。
 黄色いのは月見草?夕刻に、まだつぼみだ、これから咲くんだろうかと、他の花の写真を撮って、もう一度目をやったら、さっきのつぼみがいつの間にか咲いていた。ほんの数分の間だったのに。

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 最後の赤いのは、花じゃなくて実。

 
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by koharu65 | 2011-06-26 13:37 | 花の写真
 6月は庭で、道端で、公園で、河原で、草花がよく目についた。7月に入ると暑くなって花々もくたっとしてしまうので、雨の恵みを受け気温もちょうどいい紫陽花の頃が一番、草花がいきいきとする時期じゃないかと思う。
 庭の花はすべて母が育てている。私は名前すら知らない花が多い。花が咲けば、ああ、きれいだな、と目に留めるけれど、肝心なのは花の時期以外にも慈しむことができるかどうかだ。母は、冬に、からからに枯れたように見える植木鉢も大事にすることを忘れない。一年のうち、たった一度の花咲く時期のために。

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最後の一枚は、他家から頂いた紫陽花を花瓶に。
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by koharu65 | 2011-06-26 13:26 | 花の写真
 標題のスピーチについて、ざっと読んだだけで全面的に賛成などと、前回簡単に書いてしまったけれど、私はちゃんと内容を理解しているだろうかと、改めて考えた。そこでスピーチ全文をもう一度よく読み直してみると、平易な文章とわかりやすい論理で書かれているにもかかわらず、実はなかなか大変な事を言っているのだということに気づく。
 
 村上春樹の小説の出発点は、私の理解によればたぶん、我と彼をはっきり区別せず自他がくっつきあうような日本の風土からの脱出だったんじゃないかと思う。如何に切り離すか、というところから出発し、小説を書き続けるという道のりを経て、最近は如何にコミットメントするか(関わりあうか)、という地点にたどり着いている。

 スピーチ原文の中に、「心をひとつにして」という言葉が出てくる。
 震災直後、私が一番嫌悪感を感じたのが、公共のあちこちで耳にする「心をひとつにしてがんばろう」という呼びかけだった。戦争を体験してない私なのに、戦時中の思想統制に通じる怖さを感じたからである。
 ところが、村上春樹の「心をひとつにして」は、そういう怖さをちっとも感じさせない。これはどういうわけだろうと思った。考えてみると、それは何のために誰のために心をひとつにするのか、ということじゃなかろうか。
 為政者の都合のよいように、右向け右、と言われたらいっせいに右を向かされるためならば抵抗と恐怖を免れ得ないけれど、「晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせて」進めるための作業ならば、私は喜んで心をひとつにしたいと思う。新しい倫理や規範をみんなの手で作り上げていく喜びを分かち合いたいと思う。


 世間では、原爆と原発を一緒にする考え方には違和感がある、という声が多くあるようだ。それから日本国民全体を加害者とすることへの違和感。村上氏のスピーチへの批判として、このふたつの点を挙げる声を聞く。

 スピーチはまず、震災そのものの威力を具体的な数字を用いて述べることから始まっている。地震の規模、被害者の数、行方不明者の数…、地震に慣れている日本人ですら大きなショックを受けなかったものがいないという恐ろしい自然災害であるということが強く印象づけられる。しかし次に彼が語るのは、そういう自然環境の中で日本人はずっと生きてきたという事実である。それは「無常感」という形で、日本人の精神性にまで影響を及ぼし、「民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきた」。日本人はそうやってずっと自然と共存して生きてきたのだ。結局のところ、地震による大きな被害や損失を日本人はなんとか乗り越えていくだろう。今までそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのだから。「それについて、僕はあまり心配してい」ない。

 ならば、「僕」は、何について、心配するのか?
 「僕」が心配するのは、「簡単には修復できないものごと」、「倫理であり、たとえば規範」、「いったん損なわれてしまえば、簡単には元通りにできない」形のないもの、「具体的に言えば、福島の原子力発電所のこと」である。
 私は、5月にこのブログで紹介した社会学者のウルリッヒ・ベック氏の言葉を、思い出した。彼も同じような事を言っていた。福島の原発事故は空間的時間的に被害の及ぶ範囲、規模が通常の事故とはまったく異なる「限界のない新しいタイプのリスク」であり、しかもそれは自然ではなく、人間が決めたことなのだと。

 次に村上氏は、日本人が、歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民であるという事実を提示する。彼は、日本人は「核という圧倒的な力」による人類への破壊の規模と時間的影響力を身をもって知った唯一の国民であることを私たちに思い出させる。
 計り知れない破壊力を持つ「圧倒的な力」が使われるような事態を二度と引き起こさない、そのために、戦後、日本は武力を放棄し、「経済的に豊かになること」と「平和を希求すること」この二つを国家の新しい指針として掲げてきた。
 ならば、日本人がそうやって希求した平和で豊かな社会は、なぜ失われてしまったのか?

 「理由は簡単です。「効率」です。」

 がむしゃらに効率(利益)を上げることを求める社会、それを規範とする社会、そういう「歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身」にも責任があると、村上氏は言う。
 広島と長崎への原爆投下によって、「核の圧倒的な力」を身をもって知り、平和で豊かな社会を求めたはずの日本が、いつの間にか「効率」や「便宜」のために、その「圧倒的な力」を自ら行使するようになった。我々は「急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、大事な道筋を見失ってしまった」のだった。村上氏は、それを止められなかった我々日本人の倫理を問う。

 自然災害によって多くの命を一度に失ったばかりでなく、人間によって作り出された新しいタイプのリスクがまだ収束の見込みもないまま我々の前に立ちはだかっている。この暗雲をどう払い、進むべき道筋をどう立てていったらいいのか、多くの人が混乱と不安を感じていると思う。
 具体的な、つまり物質的な日本の再建は「それを専門とする人々の仕事」となる。しかし、打ちのめされた精神を奮い立たせ、前に進むためには、村上氏の言うように、このような結果をもたらした基準を見直し、新しい倫理と規範を作り、日本全体がそれを共有する必要があるのではないだろうか。

 それで、話を始めの方に戻せば、「晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせて」、「平和で豊かな社会」を築いていけたらいいと、私は思う。
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by koharu65 | 2011-06-25 15:04 | 雑感
 村上春樹がカタルーニャ国際賞を受賞し、6月10日に行った受賞スピーチが話題となった。
 プロの作家に対してこういう言い方は失礼かもしれないが、選びに選ばれた言葉と練りに練り上げられた文章は見事であるし、内容についても私は諸手を挙げて賛同するので、それ以上ここで書くこともないと思っていた。全文を読めばそれで充分なので。
 しかし、世間の反応が少し気になってネットで調べてみると、賛否両論あるようだ。共感する人は私と同じく全面的賛成が多く、異論を唱える人は、作家が何を偉そうにとか、具体的な提案がないとか、非現実的だとか。
 非現実的…。まさに本人がそう言っているのである。タイトルからして「非現実的な夢想家として」なのだから。
 現実って何だろう。原発がある状況が現実的で、なくすのは非現実的?それは「現実」というよりも、「現状」だという気もするのだけれども。
 非現実的な夢想というのは、しばしば現状を打開する楔たる力を持ち得るのではないかと、私は思う。

 私みたいなのは、きっとただの夢想家なんだ。村上春樹のような人は、非現実的な夢想を多くの人々に伝播させる力を持っている。この受賞スピーチにしても、平易な言葉を用い、論理的にもとてもわかりやすい文章で、まるで普通の人々に呼びかけている、訴えかけているような感じがした。
 大手の新聞やニュースで、これを深く掘り下げて論じてるのを見たことがないけれど、ワイドショーやエッセイやちょっとした評論などのコメントでは、影響を受けているんじゃないかと思われる内容をしばしば見かける。大手メディアが大きく取り上げなくても、いや、取り上げられないからこそかえって、個々人の胸にじかに届き、じわじわと広がる影響力を持っているんじゃないだろうか。
 むろん賛同者ばかりじゃない。前述したように、賛否両論ある。けれど、少なくとも、“どういう視点で原発を語るか”という点において、「非現実的な夢想家」としての立場から反原発を唱えるという意思表明が世界の村上春樹から提示されたことは、現実のその他大勢の夢想家たちに大きな自信を与え得ることだろうと思う。
 
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by koharu65 | 2011-06-23 21:04 | 雑感

らんちゅうの優鬱

 父がらんちゅうの稚魚を買ってきたと聞きつけて、近所のらんちゅう博士が様子を見にやってきた。
 博士はいろいろと語っていったのだが、父は頑固者で、人から指図されるのがあまり好きではなく、アドバイスも聞いているのかいないのか。
 らんちゅう博士によると、我が家のらんちゅうの水槽は数に対してちょっと狭すぎるそうだ。数匹ずつ分けた方がいいとのこと。おもしろいのは、かといって、水槽の中で一匹だけで飼うのもよくないと言う。一匹だけだとエサをあまり食べなくなって、痩せてしまう。数匹で競争して食べると、食欲が刺激されて、食べる量も増え、姿態がまるまるとした美しい曲線になる。
 エサの量も余るくらいの量をやってしまうと、あわてなくてもいいと思って、逆にあまり食べなくなる。足りないくらいにして競わせた方が食欲が旺盛になっていい。
 そう言えば、我が家の古株の大きならんちゅうは一匹だけの時は、動作もゆったり、鷹揚に泳いでいたのに、新しい住民が二匹入った途端、きびきびと動くようになった。以前はエサをやっても、ああ、そうですか、ご飯ですか、まあ食べましょうかね、とのん気に構えていたのに、三匹になって以降は、エサの袋を開けた気配だけで、ざわつくようになった。
 一匹だけを大事に大事にして愛をそそいでも、いいらんちゅうに育つとは限らない。豊かさも惰性に陥れば、欲がなくなって停滞する。人間も同じだろうか?

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by koharu65 | 2011-06-17 22:02 | 雑感

存在と非存在


『存在と非存在』
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 別にタイトルを意図して撮ったわけなく、風景を撮ろうとして、犬が勝手に入ってしまったというか。カメラのレンズの中の、満ち足りた自然のあるがままの姿として私の目に映っていた風景の中へ、ふいに犬が現れたのです。
 ところがそういう経緯にもかかわらず、撮った写真を後から見てみると、犬がいない画像の方が、何かが欠けている寂しさが漂っている気がして少し意外な感じがしたのでした。


『風とともに走れ!』
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by koharu65 | 2011-06-15 21:18 | 雑感

留学時代の出来事

 先日、ある人のブログを読んでいたら、その日が6月4日であったことに気がついた。それで昔のことを思い出した。
 私が北京に留学したのは1990年だったが、ある時、学校側がビデオを見せてくれた。なんだかビデオを見るってよ、という話が留学生仲間に口づてに伝わってきて、希望する生徒たちは課外の時間に、三々五々、娯楽室へと集まった。 ビデオは前の年に起きた事件を報道した中国のテレビ番組だった。日本人留学生たちは皆、先生たちがそのビデオを見せた意味をなんとなくわかっていた。中国ではこういうふうに報道されたんですよ、ということをただ伝えたかったのだと。私たちにビデオを見せてくれた目的を直接的に説明されたわけではないし、留学生同士で突っ込んで話し合ったわけでもないのに、なぜか、皆それを暗黙のうちに知っていた。ビデオを見せた先生たちと私たち日本人留学生は、それを通して、言葉にはできないある種の痛みを共有したのだ。
 ところが、これは後から聞いた話なのだが、欧米人のグループはビデオを見た後、大変怒っていたそうだ。何でこんなのを見せたんだ、私たちを洗脳するつもりなのかと。そう言われても先生たちには何も説明できない。それで、このビデオを見せることを決めた留学生管理部門のトップの先生が、「やっぱり日本人とは心が通じ合うところがあるけど、欧米人とはだめだな」とこぼしていた。
 もともとその先生には特別な経歴があって日本語がぺらぺらだったので、日本人留学生たちとも普段から親しくしていて、そういうお互いの考えや性質をよく知っているがゆえの暗黙の了解みたいなのがあったのは確かだ。それにしても、そもそも西洋人は伝えられる中身そのものに注目するのに対して、東洋人は中身よりもその背景や関係性全体を通して物事を判断するという両者の違いがあるのだろうかと思った。

 そんな話を思い出した。
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by koharu65 | 2011-06-14 22:11 | 中国・中国語

望郷

 今、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子著、朝日出版社)という本を読んでいて、おもしろい箇所に出会った。

 フランスの思想家ルソーがこんなことを考えていたそうだ。
(ルソーは)相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序(これを広い意味で憲法と呼んでいるのです)、これに変容を迫るものこそが戦争だ、といったのです。
 相手国の社会の基本を成り立たせる秩序=憲法にまで手を突っ込んで、それを書きかえるのが戦争だ、と。とても簡単にいってしまえば、倒すべき相手が最も大切だと思っているものに対して根本的な打撃を与えられれば、相手に与えるダメージは、とても大きなものになりますね。
 著者の加藤先生は言う。ルソーは18世紀までの人なので、それ以降の戦争は予測不可能だったはずなのに、ルソーの述べたことは19世紀、20世紀、そして現代の戦争にもぴったりと当てはまるのだと。
 第二次世界大戦の終結にあたっては、敗北したドイツや日本などの「憲法」=一番大切にしてきた基本的な社会秩序が、英米流の議会制民主主義の方向に書きかえられることになりました。ですから、歴史における数の問題、戦争の目的というところから考えますと、日本国憲法というものは、別に、アメリカが理想主義に燃えていたからつくってしまったというレベルのものではない。結局、どの国が勝利者としてやってきても、第二次世界大戦の後には、勝利した国が敗れた国の憲法を書きかえるという事態が起こっただろうと思われるのです。

 そこでアメリカ=勝利した国によって書きかえられる前の戦前の日本の憲法原理は何だったというと、それは、「国体」=「天皇制」だったと、著者は語る。

 私はほおっと思った。なぜなら、私の父が時々ぼやくからだ。憲法憲法って言うが、アメリカがつくったものじゃないか、と。そのたびに私は、どの国が作ろうと、いい憲法ならいいじゃないかと、思うので、父の言い分がよく理解できなかったのだけれども、日本が戦争に負けて“最も大切と思っているものに対して根本的な打撃を与えられ”、社会の基本秩序が無理やり変容させられた、ということがいまだに強く怨念として残っているということに気がついたのだった。
 怨念は時とともに、そして世代交代とともに、いずれ忘れ去られていくのだろうか?それともいつまでも受け継がれ、手放さざるを得なかった大切なものを密かに胸に抱き続けていくのだろうか?

 この本はまだ読み終えてないので、まだおもしろいことが出てくるかもしれない。
 2009年初版で、当時、良書として話題になったらしい。知らなかった。私はどうも時流に乗り遅れがちである。
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by koharu65 | 2011-06-11 13:44 | 雑感