過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

<   2011年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

脱・資本主義を

 最近youtubeで、水道橋博士が司会をしている対談番組を見ている。これがなかなかおもしろい。この番組は、始めはネット配信の番組だったらしいが、後に中身はそのまま番組名だけ変えてTOKYO MXというテレビ局で2010年3月まで続いた。
 水道橋博士が司会、宮崎哲弥がオブザーバーといった役を務め、ちょっと変わった人たちをゲストとして呼び、扱いにくい話題を大胆に取り上げている。
ネット配信の時の番組名は『博士も知らないニッポンのウラ』、TOKYO MXテレビの時は『博士の異常な鼎談』という題名で放映された。

 その番組に、苫米地英人氏という怪しい脳機能学者が何回かゲストとして出演している。宮崎氏とは懇意の仲らしく、3人の息がぴったり合っていて、弾む会話がおもしろい。苫米地英人氏はオウム事件のとき信者の脱洗脳を請け負って名を馳せた人だ。国松警察庁長官狙撃事件の犯人の事情聴取(脱洗脳)に関わったときの話などを聞くと、警察の捜査というのもおそろしく恣意的なのだと改めて知ることになる。

 さて、その中で苫米地英人氏が語った、マルクス対自由主義についての話が印象に残ったので引用しよう。
 マルクスっていい人だったのよ。いい人すぎたの。
単純に言うと、昔は飢餓があったわけ。そうすると100人のうち、90人しか食えないのよ。100人死ななきゃならないっていうの。
 そこで、マルクスはどう考えたかっていうと、100人が皆、1割ずつ我慢すればいいじゃん、そうすれば100人全員食えるでしょ、っていうのが計画経済なのよ。
 で、それに対して、煩悩丸出し集団がいたわけよ。イギリスを中心にして。そうじゃない、自由主義に任せなさい、それで競争に負けた10人は死んでもらえ、これが資本主義の自由主義経済ね。それは、そのまま実はヒトラーの論理と同じなんだよ、逆に言うとね。
 で、どっちが勝ったかっていうと、資本主義勝ったんよ。ソ連なくなり、中国なくなり、それは当たり前で、マルクスは人間の煩悩を甘く見たっていうことよね。でもその資本主義対マルクスの計画経済の戦いで資本主義が勝ったお互いの土壌があったの。それは100人のうち10人飢えるっていう時代があったの。
 実は人類は人類400万年の歴史の中で、今から三、四十年前に飢餓を克服してるのよ。今100人が100人食えるのよ。ってことは、資本主義もマルクス経済もいらないのよ。計画経済いらん、共産主義いらん、資本主義もいらないの。
 ところが今、逆目来てるの。今日まさにサミットのさ、今回のサミットの問題出たでしょ。それはなんと食糧が投機で飢饉になるわけ。資本主義のなれの果て。だから資本主義、明日やめなさい。日本は法律を決めて、憲法で資本主義を禁止する。
http://www.youtube.com/watch?v=lSsqyyDm24Qより)

 苫米地さんは、イギリスを中心にして欲望丸出し集団が自由主義を唱えたというように言っているが、日本はどうなのかなぁ。自由主義を信奉する集団には思えない。激しい弱肉強食を好まず、社会主義的な平等主義を求める性質をそもそも持っているんじゃないだろうか。農耕民族だし。一人一人が少しずつ我慢して、集団全部を救おうとする方が、日本人の心理からして比較的容易に受け入れられるような気がする。
 で、そもそもそういうメンタリティーを持っている上に、苫米地さんの言うように、特に日本では今は食糧が足りないから飢えるという時代ではない。一人一人が少しずつ我慢したり或いは生き残る側になろうと必死に競争しなくてもよい時代になったはずなのだ。
 そういう時代にはそういう時代にふさわしい新しい思想と制度が必要なんじゃないかと思う。富がどこかに極端に偏ることは正しくないことだという倫理観を社会全体で共有することと、それに基づく制度の整備がこれからの時代に必要なのではないか。

 民主党が掲げる理念にそういう方向性を感じるのだけれども、現実はなかなか上手く行かないみたいだ。やっぱり人間の煩悩を甘くみたらいかん、ってことなのかなぁ。(それは我が身を省みても明らかなのだけれど。)
 人類の歩みは今まで、皆がお腹いっぱい食べれるようになるための努力、つまり物質面での発展を目指し、そしてその目標を達成してきたけれど、これからの人類は精神的にステップアップしていくことが課題となっていくんじゃなかろうか。
[PR]
by koharu65 | 2011-09-27 22:34 | 雑感

中央の論理と地方の論理

 9月13日の朝日新聞に、興味深い記事があったので、一部引用する。東京大学大学院学際情報学府(博士課程)の開沼博さんという方の話。
 原発は、良しあしは別にして、少なくとも半世紀単位で立地自治体に雇用をつくる「有効な地域開発ツール」とされてきました。事故の後もなお原発を手放そうとしない立地地域には、行き場を失った日本の地域政策への絶望がある。「脱原発」を望むなら、叩きつぶすべき悪者や憤りの大声という「北風」以上に、「言うは易く行うは難し」を一番知っている立地地域を説得しうる論理という「太陽」が求められます。
 4月、原発に近い福島県富岡町に住んでいた方に「あなたにとって東京電力はどんな存在ですか」と聞くと「高校の同級生とか近所の友人の顔が浮かぶね」という。立地地域にとっての原発や電力会社は「テレビの中できれいな作業着を着て記者会見している人」ではない。メディアをにぎわす「推進/反対ゲーム」についてはどこか他人事。ある面でこの半年、中央でなされてきた原発に関する議論や「脱原発のうねり」は「フクシマ」の現場では空転しっ放しだったと言っていいでしょう。

 推進、反対、いかなる立場をとるにしても、事態を好転させるため今求められるのは、無意識だったにせよ、なぜ私たちの社会が戦後を通して原発を是とし維持してきてしまったのかという問いに冷静に、真摯に向き合うことです。その根底には「地方と中央」の問題があります。原発が日本各地にできたのは、「経済成長は善」「脱貧困は善」「電力安定確保は善」といった中央の「善意」の論理を地方に当てはめた結果であり、その構造は今も続く。
 かつて福島にも原発建設反対運動があった。東北電力が計画した浪江・小高原発が建設されずにきたのは、端的に言えば「土地を守る」という地元住民の論理がぶれなかったから。「中央の論理」から「地方の論理」を取り戻そうとする力に、原発を維持してきた社会を変える可能性があります。
 数日前に、東電が原発のある3県の自治体に20年間で総額四百数十億円の寄付をしていることがわかった、というニュースが流れた。
 原発が建設されてきた過程は、地方が大都市の電力のためにただ原発を押し付けられた過程ではない。都市部から吸い上げられた利益が地方へと還流されるしくみの中に、人々の生活が組み込まれている。そうして生活水準の底上げ、日本全体の豊かさが実現されていった。電力を消費する側も供給する側も、今ある日本人全部の生活がどこかよそへ危険を押しつけて(或いは押しつけられて)その代価を支払う(或いは受け取る)しくみによって成り立っている。そのしくみを成り立たせる道具として、原発は必要とされてきた。
 
 開沼氏は、この後、こんなふうに続けている。
 「フクシマ」の問題は、遠からぬ未来に、消費され忘却されるでしょう。原発報道は徐々に減っていく。脱原発の運動は互いのささいな違いから分裂し、細切れになり、力を失っていく。一方、推進側は簡単には方針を変えず、粛々と原発の再稼動を進めていく。
 理想を語り、怒るだけでは、問題が解決されないまま後世に引き継がれてしまう。それは地元の人が一番よくわかっている。沖縄の基地問題を始め地方が抱えてきた問題の多くに共通することです。
 開沼氏の言うように、今後、「フクシマ」の問題は、段々と消費され忘却されていくのだろうか?力を失っていくだろうか?
 膨大な地震のエネルギーが起こした甚大な被害を及ぼす事故、広い範囲への影響力(それは地理的に地方だけでなく中央へも及んでいる)、傷ついた遺伝子、これから傷つけられるであろう命、そうしたものが容易に忘却を許さないのではないだろうかと、私は思う。
 地震が引き起こした原発事故は日本にとって大きな試練ではあるが、一方で中央と地方の壁を超えて、人々が新しい論理やしくみによって結びつくチャンスであるとも考えられる。

 最後に、開沼氏は、忘却されるだろうという恐れの中で、フクシマの問題への解答と希望は「現実を見る」ことだ、と言っている。同感である。
 アカデミズムとジャーナリズムの責任も重い。この半年、どれだけの人が自ら現場を見て、地元の人の言葉に耳を傾けようとしたか。中央の人間が一時の熱狂から醒めて去っていった後、最後まで残るのは汚染された土地と補償問題、そこに生きる人々の「日常」です。その現実を見ることにこそ、宙づりになりつつある「フクシマ」という難問への答えと希望があります。


 
[PR]
by koharu65 | 2011-09-20 23:05 | 雑感
 10月1日は中国の国慶節(建国記念日)。
 今年は10月1日(土)から7日(金)まで、一週間の休日となります。

 振替出勤による連休という制度は、日本にはない制度だ。7日の金曜日まで休んだ後、8日の土曜日と9日の日曜日には、振替で出勤する(つまり実質的には5日間の休みということ)。一週間まるまる休めるけど、その次の週は7日間連続して仕事しなきゃならない。うーん、それはそれで辛そうな気がする。

c0173113_16341626.jpg

(赤が休日、青は出勤)

[PR]
by koharu65 | 2011-09-18 16:35 | 中国・中国語

月餅が届きました

 先日、今年も月餅は届かず、という記事を書きましたが、昨日、EMSで月餅が届きました。
 9月8日に夫が北京から送った月餅は届かず、もう一度送るというのをもったいないからと止めたのですが、13日に2度目の発送をしたとのこと。

「え~!届かないに決まってるのに~。もったいないよ~。」
と言うと、
「たぶん今度は大丈夫だと思うよ。」
(いったい何の根拠があって?)
「中秋節が過ぎたから。」
(ああ、それはもしかしたら届くかも…。)

 なんと、予想通り、届きました。

 中国の月餅は、年々おいしくなっているように思います。或いは、夫が収集するおいしい月餅情報の精度が年々高まっているのか。

c0173113_22284390.jpg

c0173113_22285688.jpg



 8個入っていましたが、中の餡の種類がそれぞれ異なっていて、何の餡かわかるように月餅の表に文字が型抜きされています。写真の月餅は「乳酪核桃」(チーズ胡桃)。
 ほんのりとチーズの香りがして、程よく砕かれた胡桃が多すぎも少なすぎもしないちょうどよい量で入っていました。
 他の餡もすべて甘すぎず、それぞれの素材の持ち味が生かされ、かつ全体が渾然一体とハーモニーを奏でる滑らかさと奥深さが感じられ、こんなおいしい月餅を食べたのは初めてでした。他の皆にも大好評。
 外箱から出して内箱だけにばらして送って来たので、メーカー名がわかりません。夫に、
「すごくおいしかった!高かった?」
と聞くと、
「超高級、ってほどじゃないけど。まあ、普通に高級。」
とのこと。メーカー名はわからないけど、長富宮(北京の日系ホテル)で買ったそうです。
[PR]
by koharu65 | 2011-09-16 22:30 | 中国・中国語

ミカエルさん

 ついにミカエルさん(我が家に住み着いているトノサマガエルの愛称)の撮影に成功!
 数週間前に見たのと、体の色が違う。背中の一本筋が明るくくっきりと浮き上がり、全体に緑がかかっている。前に見た時は、全体的に地味な茶色だった。同一人物(同一蛙)の体色が変化したのか、それとも別人(別蛙)なのだろうか?

c0173113_21571243.jpg

2011.9.6

[PR]
by koharu65 | 2011-09-13 21:57 | 鳥、蛙、魚、犬、猫
 夜7時半頃、空を見上げると昨日にもましてまん丸の美しい月が輝いていた。10時ちょうど、外に出てみると月はどこにも見えない。目を凝らすと空全体に白っぽい雲がうっすらと広がっていた。

 月餅がないと残念がっていたら、ある中国の方(たぶん日本に住んいる)のブログに、だんご粉で作った月餅の写真が載っていた。その前々日くらいには、月餅の代わりにミスタードーナツのドーナツで中秋節を祝おうという話が。ドーナツの写真がとてもおいしそうに見えた。
 そうだよね。月餅でも、月見団子でも、ドーナツでも、まんまるのお菓子を囲んで、まんまるのお月様を見上げて、ようやく去った夏の暑さに一息ついて、秋の夜長の始まりにりんりんと虫の声を聴きながら、同じ月を見上げる人々を想い、まんまるの気持ちになるのが肝心なのさ。

 
[PR]
by koharu65 | 2011-09-12 23:08 | 雑感

今年も月餅は届かず

 明日は十五夜。中秋の名月。今日は雲ひとつないお天気で、先程、外に出ると、夕暮れの濃紺の空に大きなお月様が掛かっていた。完璧なまん丸ではなく、左下がほんの少しだけ欠けていた。

 今年も月餅は届かない。数日前に夫が中国からEMSで郵送したという。同じ郵便局から同時に発送した別の小包は昨日届いているので、月餅はもう届かないのだろう。
 日本とアメリカは月餅を輸入禁止にしているそうだ。商売にする量じゃなし、個人の贈り物がどうしてだめなんだろう?
 普通は中国の郵便局で中身を確認されるので発送することすらできないのだけれど、夫はなんとかごまかして発送したらしい。もしかして運がよければ見逃されて届くかもと。
 夫が、
 「もう一度、送ってみるよ。」
と言うので、
 「え~!だめだめ。もったいないよ。」
と止めた。

c0173113_19421429.jpg


 
[PR]
by koharu65 | 2011-09-11 19:42 | 中国・中国語

8月の空

 もうとっくに9月だが、8月に撮った写真が残っていて、せっかくなので載せて置く。
 今年3月以降の写真はすべてiPhoneで撮っている。被写体によってピントや明るさが上手く調節できないときがあって、撮れる写真が限られてしまう。いいカメラが欲しいと思うが、手元不如意のため当面のところおあずけ。
 買うなら、SONYのデジタル小型一眼カメラが欲しい。家電量販店で手にとってみたのだが、すごく使いやすそうだ。小さくて軽いのはもちろん、表示がわかりやすく親切設計。
 そしたら、父がcanonのいいカメラを買ってきた。むろん自分用に。公民館で開催されてる写真同好会に入って、アサヒなんとかの会員にもなった。うーん、そういう趣味は今まで全くなかったのに、突然何を思ったのやら。母は押し花の先生をしているし、庭の手入れやら体操やら水泳やら忙しく飛び回っているので、自分だけ何も趣味がないのが寂しいと思ったのかもしれない。

c0173113_2126580.jpg

2011.8.15

c0173113_21262098.jpg

2011.8.18

c0173113_21263485.jpg

2011.8.28

ジャカランタ。ブラジル原産。世界三大花木のひとつ。

[PR]
by koharu65 | 2011-09-10 21:29 | 雑感

白猫を抱く夢

 数日前に見た夢。
 親戚の家に人が集まっている。そのうちの一人の中年の男が自分の幼い子どもを虐待しているらしいということに、私だけが気づいた。しかし下手に騒ぐと、子どもを救えないばかりか更に虐待されることになりかねないので、どうしたものかと考えあぐねる。とりあえず今夜、その男をこのまま子どもと一緒にはしたくないと思っていると、ちょうどいいことに男はまだしばらくこの家にいるので、私が子どもを送っていくことになった。
 私はまだ赤ん坊のようなその子どもを胸に抱いて、外に出る。歩いているうちに、腕の中の子どもは、いつの間にか白い猫になっていた。

 …夢から覚めたとき、胸にまだ猫の体の柔らかな感触と温もりが残っていた。腕の中に猫の姿が見えないことにちょっとびっくりして、それからそこにあったはずの温もりが失われ、からっぽになった腕の中が寂しかった。


 その次の日、また同じような夢を見た。
 古い日本家屋の一室で、男が人間の体をバラバラに切り落としていた。私は偶然、そのバラバラになった人の部分を目撃する。家にいる他の者は誰もそのことに気づいていない。私は皆のいる広い居間に戻るが、いつその男がやってくるかと、内心ひどく怯える。しかし、他の者はそんなことはちっとも知らないようで、ごく普通に振舞っているので、私もだんだんそんな出来事はなかったかのような気になってきた。
 そこへ誰かが、布にくるまれた赤ん坊を連れてきた。私は赤ん坊を抱く。頭を支えるように抱くが、首はきちんとすわっていて、気をつかわなくても大丈夫みたいだ。布で腕と足もひと包みになっているので、とても抱きやすいのだけれど、前日の夢の中の猫のようには温もりは直接に伝わってこない。私は赤ん坊を抱いて、外に出た。

…まだこの後に続きがあったように思うのだけれども、忘れてしまった。覚えているのはここまで。


 そのまた次の日、ライオンに追いかけられる夢を見た。
 私は大きな洋風の家の一室にいる。部屋の奥にいると、入り口からライオンが入って来た。私はあわててベッドのシーツの下にもぐりこんで身を隠す。まだ手や足が部分的にシーツからはみ出ているので、全身を隠さなければと思うのだが、ここで身動きするとライオンに気づかれてしまうだろう。全身を隠すべきか、それともじっと息をひそめて生き物の気配を断つべきか。ジレンマに陥っている間にライオンが近づいてきた。怖くて身動きができない。ライオンはベッドの上に乗ってきたが、結局私がいることには気づかずに去っていった。ライオンが去った後、私は広間へと急いだ。皆にライオンのことを知らせなければと。広間には10人ほどの人が集まって談笑していた。そこへライオンがやって来る。私はおそろしくて声も出ないのに、他の人たちは慌てる様子もない。私は、もしかしてこのライオンは実はそんなに恐ろしくないんじゃないか?恐れる必要はないのではないか、と思った。


 黒猫でも白猫でもネズミを取る猫が良い猫だ、と言った人がいるけれど、縁起の良さで言えば、やっぱり黒猫よりも白猫の方が良いに違いない。
[PR]
by koharu65 | 2011-09-07 23:12 | 夢の話

電線のある風景

 山や湖、桜の大樹など勇壮な自然の風景を写真に撮ろうとする時、電線が入ると邪魔者だと思うけれど、町並みの中の電線は光景として悪くないと思う。そこには人間の文明がある、という感じがする。電線は電柱から電柱へと渡され、町中をぐるりと巡り、家々へと分配される。目に見えるネットワークだ。
 そして野や畑や街道を通り、電線は、町と町とを結ぶ。日本全土、人の住む場所すべてを電線が網羅し、灯りがともる。


c0173113_21125676.jpg

2011.8.11


c0173113_2113113.jpg

2011.8.11


c0173113_21132250.jpg

2011.8.12


c0173113_21133457.jpg

2011.8.23


 
[PR]
by koharu65 | 2011-09-06 21:17 | 雑感