過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

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北京・潘家園旧貨市場

 潘家園旧貨市場は雑貨と骨董の市場である。常設の店舗もあるが、土日に集まる露天のフリーマーケットが見所。ただし、骨董として売られているもののほとんどが古く見せた工芸品なので、そのつもりで。

 塀に囲まれた市場の外でもチベット族などがアクセサリーや毛皮などチベットの特産物を道端に並べたり、手に持って売り歩いたりしている。見る分にはおもしろいけれど、私には使い道がないし価値もわからない。

 人が大勢行き交う賑やかな街路沿いでは、自転車の焼き芋屋が焼き芋を売っていた。大きくて中がオレンジ色のほくほくの焼き芋。美味。トランシーバーを使って仲間と大声で話しているので、何かと思ったら、 “城管”(城市管理行政執法局)の見回りを互いに教え合うのだという。
 “城管”というのは、都市の環境衛生や交通などを管理する公的組織で、都市のさまざまな規則やルールに違反する人々を取り締まるために日夜パトロールをしている。すごく厳しくて有無を言わさず商売道具を持っていかれてしまうので、これに引っかかったら次の日からお飯の食い上げだと対抗策を講じているらしい。

 さて、潘家園は私が大好きな場所で、何も買わずに半日うろうろしているだけでも楽しい。数年前に弟がここで子どもたちに、糸に通した飴のようなビーズを何本も買ってきた。それを今回買ってきて欲しいと頼まれたので、張り切って捜した。

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 ビーズのお店は、いくつか軒を並べているのかと思ったら、一軒しかなかった。露天ではなく屋根下のブースの方。天津の琉璃工場の社長(?)が自社の品物を並べて売っているメーカー直売品。

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 弟に頼まれたのは、こちらの飴玉のようなビーズ。子どもが遊ぶのにちょうどいい。一本8元(96円)。

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 こちらは、ちょっと高級感のある琉璃玉。玻璃(boli)じゃないよ、琉璃(liuli)だよ、と言っていた。玻璃と琉璃は別物なんだそうだ。内側から手書きで絵が書かれていて、とても美しい。こういう技術を持つ職人がいなくなってきている上に、労力と価格が見合わないので、いまではほとんど新しいものは作っていない、ここにあるのはすべて在庫品だという。そう聞くと、貴重なもののように思えてくる。
 写真の奥の方のものが、一本の糸に通されている琉璃玉ひとつひとつがそれぞれ違う形・色をしていて美しいのだけれども、ちょっと写真では見づらいみたいだ。
 こちらは言い値は1個1元。一つの糸に30個くらい数珠繋ぎになっているので、一本30元ほど。ただ、まとめてたくさん買ったので、全体でいくらかおまけしてくれたようだが、値段交渉は夫に任せて私は傍で見ていたので、結局全部でどれだけ買っていくら払ったのかよくわからなかった。

 高級な方の琉璃玉は、全部妹にあげた。妹は最近趣味でネックレスを作っている。上の写真では琉璃玉がよく見えないので、糸を取ってばらばらにしてプラスチックの箱に整理したものを、もう一度写真に撮った。

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 一番下のは、カエルが貼りついている。可愛い。
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by koharu65 | 2011-10-31 23:00 | 中国旅行記

嵐庭にて

 さて、前述の嵐庭というレストランにて。
食事を終え、通りがかったウェイトレスにお勘定を頼んだ。そしたら、そのウェイトレスはなんだか不機嫌そうな怒ったような顔をしていて、私たちと目も合わせず黙ってテーブルの上の紙を拾い上げ奥へと姿を消した。
 ここは入ってすぐに、若い子がきびきびと楽しそうに働いている活気のあるレストランという印象を受けていたので、その様子に私はちょっと違和感を感じた。それで小さな声で夫に
 「今の子、なんだか不機嫌な顔をしてたね。」
と言った。夫は黙っていた。
 彼女が勘定書きを持って戻ってきて、相変わらずつまらなそうな顔をしながら、いくらいくらと告げた。その時、夫がお金を出しながら、さりげなく言った。
 「何か、不愉快なことでもあったの?」
 すると、彼女はその言葉に不意を突かれたようにはっとして、今までぶすっとしていた顔がさっとほころび、
 「え?別に…。そんなこともないんだけど…。」
と照れくさそうに笑ったのである。
 私は、その表情のたちまちの変化にびっくりして、それから彼女の心からの笑顔の可愛らしさに見とれた。

 彼女は指摘されるまできっと自分が傍からどう見えるかなんて考えもしなかったんだ。ただ何かおもしろくないことを思って、自分の内側の感情に没頭していたんだ。それが、一言声を掛けた途端、はっと外の世界に気がついた。そして感情を悟られたことが恥ずかしくって、照れ笑いを見せた。スイッチをぱちんと切り替えて、外の世界に戻ってきた。声を掛けられたのをきっかけとして。

 
 実は、食事を始める前、注文をするときにも、夫とウェイトレスとの間にちょっとおもしろい会話があった。
 注文を取ったのはお勘定のときとは別のウェイトレスで、彼女がテーブルの横に立って注文を聞こうと待ち構えているとき、夫がこう話しかけた。
 「さっき、そこでお宅の従業員がケンカしてたけど、ここでは従業員がよくケンカしてるね。前にも2、3回、見たことがあるよ。」
 それを聞いた彼女は、苦笑いをしながら、
 「しかたないのよ。みんな、16、7の子どもなんだもの。しょっちゅう何かしらトラブルが起きるんだから。」
と言ったのである。
 そう言う彼女も、せいぜい22、3にしか見えない。ただ落ち着いた感じが、ベテランのリーダー格のようだったけれど。


 北京では、繁盛しているレストランはどこも若い子がのびのびと活き活きと働いていて、自然な笑顔を見せていた。(時に不機嫌な顔を見せることがあっても、それはご愛嬌というもので。)


 
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by koharu65 | 2011-10-30 22:26 | 中国旅行記

嵐庭の料理

 ホテルの一階に“嵐庭”というレストランがある。
 お薦めだという薄切り牛肉の煮込みには赤いとうがらしがたくさん乗っていて、私は辛いのが苦手なのでちょっと躊躇したら、夫が、赤いのを除ければ大丈夫、と言う。それで慎重に赤いのを除けて食べた。ちょっと辛さを感じたが、肉がやわらかく、さっぱりしていて美味しい。牛肉だそうだ。中国で、こんな牛丼に乗せるような薄切り肉なんてめずらしい。これならぱくぱく食べられる、と思ってもう一口食べたら途端に舌にぴりぴりっとした感触が広がった。口の中全部がしびれる。たまらない。うわっ、ぴりぴりするよ、と顔をしかめると、早くお茶を飲んで、と言われ、ごくごく飲む。するとしびれが少しおさまった。よく見ると肉の合間に何か丸い小さな丸い実が入っている。山椒だ。
 肉自体の味はおいしいのに、このしびれはたまらない。

 後から、もしかしてここは四川料理の店だったのだろうか、とも思ったが、他に頼んだ蓮根の炒め物はほんのり甘い味つけだったし、貝と白菜と豆腐の白いスープは淡白であっさり味だったので、四川ではないのかもしれない。南の方の味つけだとは思うのだけれども。広東料理かな?

 飲み物にお茶を頼んだら、お茶は急須ごとの値段になるので、2人だと高くつく、梨茶(?よく聞き取れなかった。たぶん梨という単語が入っていたと思うのだけれど)というのが、ウチのお薦めで、5元でおかわり自由だと言うので、それにした。梨茶は、甘いお茶だった。私は普段、食事のときに甘い飲み物を飲む習慣がないのだが、実はこれが口の中の痺れをよく緩和してくれた。もし普通の熱いお茶だったら、痺れが治まるどころか促進されたのではなかろうかと思う。やはりきちんと考えられているのだ。

 蓮根のシャキシャキ加減と、スープの中の白菜のゆで具合が絶妙だった。

 このレストランは以前、超高級料理を出していたのを、メニューを一新してリーズナブルな値段に変えたのだそうだ。するとたちまち繁盛するようになったとさ。
 一人当たり120元(1500円)ほど。→訂正:60元(720円)ほど。

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貝のうまみが滲み出たスープが最高においしかった。また食べたい。

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もちもちっとした感触の小麦粉のお餅。甘酸っぱくて、デザートのような感じ。


 
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by koharu65 | 2011-10-28 22:48 | 中国旅行記

北京広播大厦酒店

 8日間ずっと“北京広播大厦酒店”というホテルに滞在。建国門外大街にあって、交通便利。部屋が広くて長期滞在にふさわしい。
 予約の際バスタブつきの部屋と念をおしておいたにもかかわらず、当日バスタブなしの部屋しかないと言われる。おお、前回の中国旅行と同様、初手から話が違う。しかし、ねばると、ないと言ったはずの部屋が出てくるのも、前回と同じ。無事、希望通りの部屋を確保する。
 欠点は壁が薄くて隣の部屋の音がよく聞こえること。これについては、また後日エピソードを紹介する。

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 中国風の調度品が美しい。

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 到着した日は抜けるような青空に、秋らしい白いひつじ雲がぽっかりと浮かぶ。空港からのタクシーの運転手は“北京的秋天”と言い、窓を開けて、気持ち良さそうに車を飛ばした。
 この青空は二日しか続かなかった。三日目からは高層ビルも霞む曇り空、それが本来の北京だと言われた。青空はめずらしいのだと。
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by koharu65 | 2011-10-27 23:04 | 中国旅行記

愛の再確認

 私は記憶力があまりよくないので、早いとこ旅行記を書かないと、どんどん忘れていってしまいそうだ。なので、とりあえず思うままにどんどん書いていこうと思う。

 今回の旅は気候も体調も良かったせいか、大変楽しく充実した8日間だった。そして、ああ、私はやっぱり中国が大好きなのだなぁと、中国への愛を再確認した。
 もっとも、短い旅行で部外者として眺めるだけでは楽しいのは当然で、生活してみるとまたいろいろ別の感情も出てくるのかもしれないけれど。

 ラッシュアワーを避けるために、朝は比較的遅い時間からゆっくりと行動し始めたので、よくテレビを見ていた。中国のテレビは日本のテレビよりずっと面白い。
 中国のニュース番組を見ていると、自分が刻一刻と動く世界の中にいる、自分は世界の一部なのだ、という気がしてくる。日本のテレビは、閉じられた狭い領域しか語らない、井の中から狭い空を見上げている感じだ。
 CCTVの海外ニュースは、ひとつの出来事について事象を表面的になぞるだけでなく、その出来事が世界にとってどういう意味を持っているのか、客観的総合的に分析しているし、まとめ方がとてもわかりやすい。世界全体の動きがよくわかる。
 それに映像やリポートがリアルに伝わってくる。タイの洪水などでは、現地のリポーターが(女性も男性も)ズボンをまくって、水の中をバシャバシャ歩いて、家の中に入って行って現地の人たちにインタビューしてる。目線が現地の目線なのだ。

 ということを、夫に話したら、日本のテレビはアメリカと似てる、というので、えー?アメリカと?と意外に思って聞き返すと、
「日本もアメリカももう高度に発展した国だから、海外への関心が薄い。中国は今、発展途上で、一所懸命世界からいろんなことを学ばなきゃならないから、海外のニュースが充実してるんだよ。日本も昔はそうだったでしょう?」
とのこと。うーん、そうなんだろうか。
 ただし、中国の国内ニュースは同じパターンばかりで面白味がないと思った。生産高や成長率が何%上がっただの、党のなんとか大会が始まっただの、僻地にどんな援助がなされただの、何かの国家的プロジェクトのためにがんばっている人々の様子だの…。政治は公けには大本営発表しかないし、日本のニュースで多くを占める事件や事故は広大な中国では数が多すぎてよっぽどの大事件でなければ全国ニュースでわざわざ流さない。

 CCTVの“総芸”という芸能番組専門のチャンネルを見ていると、これもさすが人口が多く且つ様々な民族がいる中国だけのことはあって、芸の幅が広くて深い。人より突出した本物の芸を持っていないとテレビには出られない。
 それから全般的にテレビでは、話が上手い、ということが必須条件であるような印象を受けた。芸能人には、臨機応変にユーモアを交えた話をぽんぽんと調子よく繰り出すことが求められる。
 生活番組などで、司会者やゲストが複数いて、ある話題について話し合うときなど、あまり相手の思惑や感情を気にしないで自分の意見を率直に言うのが面白いし、それゆえに話が広がって楽しい。


 中国は広くて複雑で深い。いちいち、ちまちまと他人を慮っていたのでは生きていけない。自己主張しないと、意志が伝わらない。
 日本は狭い島国で生活習慣や文化が単一で安定している。社会全体の慣習に逆らったり、他人を思いやることを怠ったりするならば、生きにくくなる。全体の和を重んじることによって、個人の平和な生活が保障される。

 ごとんごとんと大きく力強く前進している中国で、若い子達の活き活きとした笑顔を見ると、うれしくなる。いいなぁって思う。一方で、日本に戻ると、清潔で静かな環境にほっとする。
 日本は小さな池のビオトープのように平穏を保つ。各々の生態系が互いに微妙なバランスを取りながら各々の役割を果たす。小さな池は、大きな石がひとつ投げ込まれただけで、大きな波が立ち、生き物たちは右往左往する。そして池全体の平穏とバランスを取り戻そうと努力する。
 中国は大海だ。魚たちは、どんな嵐もどんな波風も受け止めて泳ぎきらなければならない。一匹一匹がそれぞれの方法でそれぞれの方角に向かって泳ごうとする。
 小さな池には小さな池の静謐があり、大海には大海の希望がある。

 …。
 なにやら、ぜんぜん旅行記ではないような。
 次からきちんと旅行記を。
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by koharu65 | 2011-10-26 21:03 | 中国旅行記

精神的ダイエット

 あさってからいよいよ北京です。先日、旅行と書きましたが、実は仕事関係の荷物(展示会に使う備品やサンプル品)を運ぶ役目を兼ねてのことなのでした。
 なので、荷物が重いです。非力な私にはちょっと辛い。

 で、仕事の荷物が多いので、重量制限により、自分の身の回り品を極力減らさなければならない。それが意外にも楽しかったりします。自分にとって最低限度必要な生活品は何か、考えながら少しずつ削っていくその過程が、贅肉をそぎ落としていくような喜びに繋がります。
 制限された条件の中で必要でないものを削っていく作業は、必要でないものに囲まれている普段の消費生活に喝を入れる感じです。思いがけず強いられた精神的ダイエットと言えるかもしれません。
 ちょっとおおげさかな?
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by koharu65 | 2011-10-13 21:22 | 中国・中国語
 先日、新聞か何かで、次のような内容の記事を読んだ。

 例え今の中国共産党が様々な問題を抱えていたとしても、何と言っても共産党が中国の経済的な発展をもたらしたという事実がある。もし経済が失速したら、政権はその存在意義を失ってしまうだろう。だから中国政府はとにかく経済的に安定することに全力を注がなければならない。

 どこの何の記事だったかすっかり忘れてしまって、原文を引用することができない。とにかくこんなふうな内容だった。
 それで、考えたのは、道徳や倫理・良識といったような秩序維持の感覚と、経済とのバランスについてということ。中国で次から次へと起こる人の命が失われる人為的な事故や事件の原因のひとつに、人々の間で、お金のためということが優先され、倫理や良識による秩序維持の感覚が失われている或いは形成されていない、ということがあるのではないかと思う。お金のためというのは私腹を肥やすということ。個人の利益を追求するということ。それによって、多くの命が失われ顧みられない事件がしばしば起きている。
 法的な束縛ではなく、その社会の構成員ひとりひとりの心の中に、社会の秩序を維持するために他人への配慮を行うということが当たり前だという感覚が形成されることが、経済の発展とともに必要なのではないかと思った。


 また別の話。
 先日、テレビで周恩来の特集をやっていた。家族や秘書など身近な人達が彼の人となりを語ることを中心として、人物像を描き出していくというものだった。
 ビデオに取ったのだけれども時間がなくてまだ少ししか見ていない。でもちょっと見ただけでも周恩来という人は本当にすごい人だ、とつくづく思った。文化大革命のとき、彼の尽力でどれだけの命が救われただろう。
 思想も権力も争わず、ひたすら多くの人の命のために、自分を生かさなければならないと信じた人だったのだと思った。
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by koharu65 | 2011-10-11 22:08 | 中国・中国語

北京へ

 15日から7泊8日で北京に行ってきます。

 ブログに書きたいことがいくつか貯まっているのに、旅行の準備でじっくり書けなくなりました。出発までは簡単な雑文のみの掲載になりそうです。中国滞在中は更新なしです。パソコンは持っていかないので。

 体力勝負で長い旅行をすることが苦ではなかった年頃に、人が海外旅行の携帯品などに日本食を持っていくなどと聞くと、たかが数日、数週間の旅行に日本食なんて食べなくてもいいのに、せっかく異国に行くのだから現地の食事を楽しめばいいのに、などと心の中で思っていた。
 しかし、昨年、中国旅行をしたとき、途中で胃が痛くて、お腹は空いているのに食べ物が喉を通らず、でも食べないと体力が持たないと焦り、ストレスの悪循環に参ってしまった。なので、今回は、レトルトのおかゆを持っていこう!シャケがいいな!他に何がいいかな? などと、日本から持って行く食べ物について真剣に考える。
 人の気持ちは自分がその立場になってみないとわからない、とはよく言われることだけれど、若さゆえの傲慢さを、今になって反省することしきり。
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by koharu65 | 2011-10-09 23:57 | 中国旅行記
 9月30日朝日新聞朝刊~池上彰の新聞ななめ読み~より引用。
 (前略)
…閣僚が「死の町」と発言したことに飛びついて批判するマスコミの多くは「いつ死の町でなくなるのか、いつまでも死の町なのか」という重大で深刻な問題に向き合うより、発言者を批判するという安易な道を選択したのではないか。…(略)…
 鉢呂発言を受けたマスコミがすべきなのは、「人が住めるようになるのはいつか、もし住める展望がないなら、それを住民に告げるべきではないか」との問いを政治家や行政に投げかけることではないでしょうか。そうでないと、住民は今後の生活設計が立てられないからです。
 深刻な事態はなるべく見ないようにして、それに触れた発言だけを問題にする。これでは、事態に正面から取り組む人は出ません。結局は事態を解決することを遅らせることになりませんか。


 我が家では朝日新聞を取っている。引用の記事とは直接関係のない話になるけれど、原発の行方について、朝日新聞がどういう方針を持っているのか、毎日読んでいてもなんだかよくわからない。原発事故の被害を情緒的に描写したり文化人や学者など社外の知識人や専門家の言葉を借りた脱原発の記事は多いけれど、原発に政治的経済的かつ具体的な制度の改革などの問題が絡んだ記事は扱いが小さいような気がする。例えば、反原発のデモの記事とか、山口県上関町長選の記事だとか。肝心なところで社としての態度を保留しているようだ。
 
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by koharu65 | 2011-10-06 21:36 | 雑感

芦田愛菜ちゃん

 芦田愛菜ちゃんって、本当に可愛いなぁと思う。顔立ちは特別整っているわけじゃなくて、お人形さんみたいに美しい子ならきっともっと他にいるだろう。愛菜ちゃんは黙っていると、普通の子となんら変わりがない。でも、しゃべったり笑ったりすると、その表情が愛らしくてたまらない。しゃべり方や内容がものすごく礼儀正しくて、その点大人びてると言ってもいいのに、全体としてすごく子どもらしいのだ。「つくられた」感じが全然しない。
 人に「かわいらしさ」や「愛らしさ」を感じさせる一般的な要素って何なんだろう?

 特に、チキンラーメンのCMを見ると、あまりの可愛さにくらくらと酔ってしまう。You tube にアップされているCMをiPhoneのお気に入りに登録して、疲れたときの清涼剤にしている。



♪チッキンラーメン ちょっびっとだけ 好きになてってっとてっと~♪


 
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by koharu65 | 2011-10-04 22:20 | 雑感