過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

山の上の寺院(夢の話)

 久しぶりに夢の話。
 最近夢を見ない。見ても、ほとんど覚えていない。
 それが昨夜、久々にはっきりと印象に残る夢を見た。

 私はどこか異国の地で、学生時代の友人とともに、旅行に来ている。山の中腹の見晴台に着いた。見晴台から正面に、高い山がそびえたっているのが見える。その山の頂上に、ちょうどチベットのポタラ宮のような、美しく複雑な形の寺院が建っていた。そこからの眺めはとても美しくうっとりとする。
 ところが、もっといい位置で眺めようと場所を少し変えてみると、さっき見た美しい寺院は別のものに形を変えてしまった。それは寺院そのものが変化したというよりも、私の見る角度によって、さっきまで見えていたものが他のものによって隠されてしまったという感じだった。おかしいな、これはさっき見えていた景色と違うようだけれど、でも方角は確かに違いない。
 そのうちに日が暮れてしまった。寺院のたくさんの小さな窓のあかりが浮かび上がる。昼間の美しい寺院をまた見たいと思う。明日帰国するので、今日中に山を下りる予定だったけれど、どうしようか。
 道を少し進むと、山の上まで行くロープあって、そのロープを移動する滑車に人がぶら下がり数珠つなぎになってどんどんと送られていく。ロープウェイのように人が乗る籠や椅子があるわけではない。人はただ自力で滑車にぶら下がっている。
 一般の参拝客と、恐ろしいような顔をした痩せた男が交互に並んでいる。痩せた男は皆同じ顔をして、体にぴったりとしたTシャツと七分丈のパンツを穿いていた。男は係員のようだ。一人一人の客の後ろに付き、背を押し出すようにしながら、輸送の役目を担っていた。
 私もそのロープで寺院まで行こうかと思う前に、目が覚めた。
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# by koharu65 | 2012-06-01 23:02 | 夢の話

アカツメクサ

 先日、今年はクローバーが隆盛だと、芝生一面のクローバー畑の写真を載せました。ふと気が付くと土手の斜面では、アカツメクサが幅を利かせている。
 クローバーはシロツメクサとも言う。今年はシロツメクサとアカツメクサの年なのですね。平地と斜面と、ちゃんと住み分けているところが賢い。

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# by koharu65 | 2012-05-25 22:04 | 花の写真

中国映画『失恋33天』

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2011年11月公開
監督:滕華涛
主演:文章、白百何


 大物キャストや大物俳優が出ているわけでもない、舞台もほとんどが北京市内のオフィスや路上、お店の中という低予算映画。にもかかわらず、公開されるやいなや、予想に反して大ヒットとなったそうです。
 ラブコメディーです。
 ストーリーは、『失恋33天(失恋して33日)』というタイトルそのまま、20代の女の子が失恋してから33日間の出来事や心の動きを映し出したもの。

 監督の滕華涛という人は、大ヒットドラマ『蝸居(かたつむりの家)』を撮った人だそうで、それを知って、この映画のおもしろさ、上手さ、に納得。『蝸居』と同じように、ごく普通の人々の生活と、生活の中での細やかな感情の移り変わりを丁寧に描いていて、好感と共感を覚えました。
 ただ、共感という面においては、特に男女の愛情のあり方に関して、やっぱり中国人独特の感覚があって、これは私が歴史物でない中国映画を見る時いつも感じることなのだけれど、どうしても無条件に感情移入できない場面もあります。だからこそおもしろいと言えば、おもしろいのだけれど。


*以下、ネタばれあり。ご注意を。  









 さて、ストーリーの要は、主人公の女の子が失恋によって、今までの彼氏との付き合い方を振り返り、なぜ駄目になったのかということに徐々に気づいていくところにあります。その過程に彼女の同僚の男性が大きく関わってきます。
 失恋して仕事も手に着かないくらいに落ち込んだ女性が立ち直るために必要なのは、新しい恋である、…というのは常套手段だけれど、私はこの男性はてっきり正真正銘のゲイだと思っていました。なので、彼女と彼との間に新しい恋が芽生える可能性を始めから除外して見ていたので、最後に、ええええ~、そうなの?とちょっとあっけにとられたところがあって、それは私の誤解と言えば誤解なのですが、もしかしたら、ドラマチックな展開を狙って、わざと観客にそう誤解させるよな描き方をしたのではないか、と勘繰らざるを得ません。だとすると、ちょっとあざとい感じがして、その点、気になりました。
 印象に残ったのは、ウェディングプランニングの会社に勤める彼女が顧客として知り合った老夫婦の描き方。話の流れとしては、男女の愛情の難しさを味わいはじめたばかりの若い女の子が、この酸いも甘いもかみ分けた老夫婦に関わることによって、何かを得る、ということだと思うのだけれども、この老妻が語る過去の出来事、夫の愛人とのやりとりが大変印象的でした。
 妻のしたたかで賢い対応によって夫婦関係が保たれる、というのは、古今東西、事実としては変わりがないのではないか、というのが私の個人的見解です。しかし、この映画の展開では、若い女性が年齢を経た女性から男女関係に関して何かを学ぶ、という場面において、お手本として出てくる老妻の賢さが、私から見ると、ちょっと怖いような感じすらするしたたかさで、この辺りの描き方が、先に書いた、無条件に感情移入できないおもしろさの部分とも言えるでしょう。
 
 いかにもゲイ風の若者が、最後には一転して男らしく告白したり、自信を持って愛人をしりぞけることが妻の正当な権利であり夫婦の基礎を強固にするものだったり、都市の若者の新しくおしゃれなライフスタイルや自由な恋愛を描きながら、その根底には確固とした道徳観が居座っているように感じました。
 『蝸居』と通じるところがあります。

 でもそんなややこしいことは抜きにして(物事を複雑に考えすぎるのは私の悪いくせなので)、映像はきれいだし、主役の二人のやり取りがコミカルだし、ストーリー展開もテンポがいいし、とても楽しめる映画でした。



 姉妹ブログ『小春日和日記』もよろしく。
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# by koharu65 | 2012-05-24 21:51 | 本・小説・映画

1970年代の寅さん

 先日、1970年代の「男はつらいよ」を見た。

 渥美清の若さもさることながら、時代が今と比べてずっとワイルドで、人の言葉も生き方も遠慮がなく、体でぶつかりあっている力強さを感じた。
 日本らしい日本の風景と、日本人らしい日本人がリアルタイムで、映像の中に生きている。
 「ALWAYS三丁目の夕日」のような後世の目から見た郷愁ではない、リアルな70年代。(三丁目の夕日は60年代だけど。)

 寅さんの映画は、テレビの放映で最後の方のものもちょくちょく見ているけれど、始めの頃はテキヤという職業に就いている寅さんの、はぐれもの、やっかいもの、という側面が前面に出ててよかった。
 新しくなればなるほど、寅さんが「いい人」「教え諭す人」になっていく。
 時代とか、演じる渥美清さん自身の年齢のこととかあって、仕方のないことなのだろうけれど。

 仁義のきり方とか、口上がかっこいい!聞いていて、本当にしびれる。
 やくざ者の(職業としてのやくざじゃなくて、やくざな奴、という意味での。)そういう「かっこよさ」と、でもやっぱりしょせんまっとな社会では生きられない「悲しさ」「さびしさ」と、男はつらいよの初期の作品は、そのふたつがバランスよく描かれていると思う。

 そして、もうひとつ、最も大事なのは、そういう「はぐれもの」を、怒ったり泣いたり笑ったりしながら、受け入れている家族や地域の人々の存在。寅さんという存在を許す寛容さと懐の深さが当時の社会にはあったのではないのかな。
 「昔はよかった」的な話をするのは、あんまり好きではないのだけれど、でも、草食系という言葉が流行るように一見、今の時代、優しさが重視されるように見えるけれど、本当に優しいのかしら?と思うときがある。

 帰ってくる寅さんを無条件に受け入れる柴又の人たち、外からふらりと現れる旅人としての寅さんを受け入れる他郷の人たち、そいうところに日本人の原風景があるような気がしてならない。
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# by koharu65 | 2012-05-20 17:43 | 本・小説・映画

お知らせ

お知らせです。

ヤフーブログにブログを開設しました。

http://blogs.yahoo.co.jp/xdjm65

ここのブログも続けます。

ここでは、本や映画の感想、旅行記、人形作り、花の写真など、写真とともに比較的まとまった文章が多いですが、新しいブログの方は、短い文章を独り言のような感じで、ぽつぽつと書いていくつもりです。

こちらの文章は、なるべく一晩寝かせて推敲しながら書いてます。
あちらの文章は、思うにまかせて、なるべく修正せずに書きます。写真はなし。

もし、興味がありましたら、あちらの方も覗いてみてくださいませ。
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# by koharu65 | 2012-05-18 23:12 | 雑感