過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

切り捨てられるのは誰か

 4月13日の朝日新聞より、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんの言葉の一部を抜き書きする。

(引用はじめ)
「1億2千万人が住んでいるこの社会はそもそも複雑なものです。議会制民主主義は、10ある利害をできるだけ切り捨てないようにして玉虫色の結論を出すシステムです。一方で待望されているのは、10の利害から1をとって9を捨てられる強いリーダーですね。しかしそこで切り捨てられるのは誰か。おそらく私たちでしょう。」
「議会制民主主義には改善すべき点が多々ありますが、複雑なものを無理にシンプルにしよう、ガラガラポンしてしまおうという欲求の高まりには危機感を覚えます」

「橋下さんが支持を集めているのは『決めてくれる人』だからで、その方向性は問われません。『おまかせ民主主義』の延長に橋下さんへの期待がある。『あっち側』に期待するか、批判するかの違いはあれど、決定に至るまでの調整を誰かにまかせて、観客のような、評論家のような気分でいるという点では、橋下さんを支持する人たちと社会運動はともすると同じ図式の中にはまりこみかねない。どちらも民主主義の形骸化という意味で問題です」

(引用おわり)

 橋下徹大阪市長が政治の場において何をやろうとしているのか、私にはよくわからない。けれど、今まで日本が効率を中心として邁進してきたこと、そして今経済の低迷とともにその価値観が行き詰まっていること、効率や経済中心でない新しい思想が必要だということ、それらを思うと、今まで以上に効率を求め管理を厳しくすることは時代錯誤に見えるし、本当の改革にはならないだろうと思う。
 少なくとも、教育に“効率”という経済的(企業的)論理を当てはめようとする考え方に、私はどうしても賛成できない。
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# by koharu65 | 2012-04-24 21:50 | 雑感

大和魂

 夏目漱石の『吾輩は猫である』の中に、主人が友人たちに向かって自分の書いた短文を読み上げ、批評を乞う場面がある。内容は、大和魂について。
 ちょっとおもしろいと思ったので、抜き書きしておく。
(主人が読み上げる短文の合間合間に、友人たちが茶々を入れるのだが、ここでは、友人の言葉を省略し、主人の短文だけを記す。)

------------(引用はじめ)------------

「大和魂!と叫んで日本人が肺病やみの様な咳をした」

「大和魂!と新聞屋が云う。大和魂!と掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の芝居をする」

「東郷大将が大和魂を持っている。魚屋の銀さんも大和魂を持っている。詐欺師、山師、人殺しも大和魂を持っている」

「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた」

「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か。大和魂は名前の示す如く魂である。魂であるから常にふらふらしている」

「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇ったこと者がない。大和魂はそれ天狗の類か」

------------(引用おわり)------------

 
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# by koharu65 | 2012-04-22 22:33 | 雑感

葉桜

 葉っぱが出てきたら花見も終わりだよね、などと思っていたのが、一昨日、隣家の桜の木をふと見上げたら、緑の葉と赤い軸が美しかった。
 そうか、花の美しさも見る心によって変わるのだ。花そのものは、私の心にかかわらず、美しさという概念から超越してただそこにあるだけなのに。
 世界は、くるくると様相を変えながら、鏡の像を映し出す。そして、世界そのものは、常に私の手をすり抜けていく。

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# by koharu65 | 2012-04-17 21:36 | 花の写真

忍野八海の土産物屋にて

 忍野八海でドライフルーツを売る露店の土産物屋があった。いろんな種類のドライフルーツがそれぞれ蓋のない浅くて四角い大きな箱にバラで盛られ、その中にまた細かく切った試食品を盛った小皿が置かれていた。
 試食しようと近寄ってみると、店の主人が、私のすぐ隣で試食していた年配の女性に対して、乱暴な言葉を投げかけたので、どきっとした。
「だめだよ。試食品はこっち!こっちは売り物なんだから。食べちゃだめでしょ。」
ちょうど私も試食品に手を伸ばそうとしていたところなので、一緒に怒られたような心持がした。
 女性は日本語のわからない外国からの観光客だった。
 彼女は店の主人の叱責を理解したのかどうか、試食したその品を指さし、これをくれ、と身振りで示した。香港人だろうか。言葉が広東語っぽかった。主人はあらかじめ分量を量って小分けしてあったビニール袋を取り上げた。すると女性は、だめだめ、こっちが欲しい、と箱にバラのまま山盛りにしてあるドライフルーツの方を指さす。
 主人は
「同じだよ。こっちもこっちも。」
と言うが、彼女は聞かない。
「まったくもう、めんどくせえなあ。この忙しいのに。」
主人はぶつぶつ言いながら、改めてライフルーツを袋に詰めて、量りにかけた。
 日本語のわかる私は、客に対してずいぶん乱暴な言葉使いをするな、と隣でどきどきしながら聞いていた。

 さて、帰ってからこの光景を夫に話し、
「びっくりした。お客さんに対してあんなふうに言うなんて。日本人って礼儀正しいと思っていたのに。」
と言うと、
「そっちが人間の本質ってことじゃない?」
と言う。
「うーん、本質ねぇ。」
「でも、そっちの方が楽だと思うな。無用な礼儀で汲々とするより。」

 そう言えば、と思い出した。北京でこれとそっくりな光景にあったことがある。
屋台で羊肉の串焼きを買おうとした時のこと。夫が、よく焼いてくれ、と注文をつけたにもかかわらず、あまり時間を置かずに渡されたので、夫は渡された串を勝手に再びコンロの上に置いた。大忙しで焼いていたお兄さんは、夫が置いた串がコンロを占領したので手順が狂い、邪魔だ、と怒ったのである。
(その時の記事はこちら:http://koharu65.exblog.jp/17058005/
 おやおや、あの時と同じじゃないか。

 ところで、ぶつぶつ言っていた日本の主人だが、くだんの外国の客に対して、
「これ、おまけね。本当は500グラムだけど、あと350グラム足しとくからね。」
と言いながら、わしづかみにしたドライフルーツをさらに足して袋にいれていた。
 その後、私が買った時も同じように、おまけだと言って封をしていない袋に一掴み足したので、おまけだと言いつつ、もともと850グラム分の値段だということなのだろう。言葉がどうであれ、相手が誰であれ、ここには、ただ、グラムいくらの公平な経済活動があるだけだ。

 ただし、日本の主人は、言葉の通じる日本人相手には決して、始めに述べたような乱暴な言葉を面と向かって投げかけるようなことはしないだろう。
 中国の串焼き屋のお兄さんは、言葉の通じる客に向かって遠慮なく本音を吐く。

 夫の言う通り差異のない本質があると同時に、一方で、日本の、身もふたもない本質をなるべく包み隠そうとする繊細さと、中国の、本質を露わにすることを恐れない逞しさと、気質の違いもまた感じる。


 
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# by koharu65 | 2012-04-13 21:59 | 中国・中国語
 もう何十年も前に忍野八海を訪れたことがある。かつて、清浄な水がこぽこぽと湧きでる様子や、霊峰富士を望む素朴でのどかな田舎の風景に魅かれ、通り道だからと、ひさしぶりに寄ってみることにした。
 ところが、私の頭の中の清浄なその地は、団体客が押し寄せるにぎやかな観光地と様変わりし、雑然とした空気に包まれていた。おまけに路線バスで行ったのだけれども、行きはたまたまめぐりあわせがよくて、とんとん拍子にたどり着いたのが、帰りに停留所で時刻表を見ると、バスがちょうど出たばかりで後1時間半も待たなければならない。がっかりでした。
 でもまあ、そのおかげで、バス停で東京から来たという3人組のかわいい女の子とおしゃべりできたので、よしとしましょう。(昼食を取って時間をつぶし、再びバス停に戻ると、その女の子たちもバスを待っていたのだった。)
「高校生?春休みなの?」
と聞いたら、顔を見合わせ、ふふふ、と笑って
「社会人です。ひとまわりも若く見られちゃった。」
とうれしそうだった。でも、3人ともお化粧気がなくて、自然な感じで、ほんと高校生みたいに見えたんですよ。

 そのあと、富士吉田駅から御殿場へ。これも路線バスを利用。途中、山中湖あたりを通るので、週末遊びにやってきた観光客が、この路線を頻繁に乗り降りしていた。そして、富士吉田から山中湖あたりを走る間に、バスを乗り間違えて、途中で困惑しながら運転手に尋ねる外国人が、2組もいた。
 一組目は河口湖駅からやってきたバスが富士吉田駅に停車したとき。つまり私が乗り込んだ駅でのこと。外見からしてインド人風の家族連れ、子どもやおばあさんを含んだ総勢6人の一行。そのうちのお父さんが、なにやら紙を運転手に見せているけれど、運転手はただ「ノー」とひとこと言ったきりで、次の言葉が出てこない。バスを乗り間違えたらしいけど、どうするんだろう?と思っていたら、運転手が無線で連絡、制服を来た男性がどこからかやってきて、一行を降ろし、身振り手振りで導いていった。
 もう一組は西洋人二人と東洋系の外国人一人の男性グループで、学生風の若者たち。どこから乗車したのか、私は気が付かなかった。山中湖の湖岸あたりで、一人が運転席までやってきて、なにやら話しかけ、「マウント・フジ」と繰り返す。富士山に行きたいってことかなぁ?でも、富士山ったって、そこに見える山全部が富士山なんだけど…。運転手はさっきと同様に、「ノー」と言ったきり、無表情に黙り込む。その間も次々と停留所を過ぎていく。心配していたら、山中湖のバスターミナルに着いた。そこで、運転手はエンジンを止め、自らバスを降りて三人を少し離れたターミナルの建物まで連れていった。

 日本もたいがい英語の通じない国だよなぁ、と思う。

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河口湖駅にて

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忍野八海へ向かうバスの車中より

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忍野八海

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富士吉田駅(富士山駅)ビル屋上より


 
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# by koharu65 | 2012-04-08 22:08 | 国内旅行