過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

1970年代の寅さん

 先日、1970年代の「男はつらいよ」を見た。

 渥美清の若さもさることながら、時代が今と比べてずっとワイルドで、人の言葉も生き方も遠慮がなく、体でぶつかりあっている力強さを感じた。
 日本らしい日本の風景と、日本人らしい日本人がリアルタイムで、映像の中に生きている。
 「ALWAYS三丁目の夕日」のような後世の目から見た郷愁ではない、リアルな70年代。(三丁目の夕日は60年代だけど。)

 寅さんの映画は、テレビの放映で最後の方のものもちょくちょく見ているけれど、始めの頃はテキヤという職業に就いている寅さんの、はぐれもの、やっかいもの、という側面が前面に出ててよかった。
 新しくなればなるほど、寅さんが「いい人」「教え諭す人」になっていく。
 時代とか、演じる渥美清さん自身の年齢のこととかあって、仕方のないことなのだろうけれど。

 仁義のきり方とか、口上がかっこいい!聞いていて、本当にしびれる。
 やくざ者の(職業としてのやくざじゃなくて、やくざな奴、という意味での。)そういう「かっこよさ」と、でもやっぱりしょせんまっとな社会では生きられない「悲しさ」「さびしさ」と、男はつらいよの初期の作品は、そのふたつがバランスよく描かれていると思う。

 そして、もうひとつ、最も大事なのは、そういう「はぐれもの」を、怒ったり泣いたり笑ったりしながら、受け入れている家族や地域の人々の存在。寅さんという存在を許す寛容さと懐の深さが当時の社会にはあったのではないのかな。
 「昔はよかった」的な話をするのは、あんまり好きではないのだけれど、でも、草食系という言葉が流行るように一見、今の時代、優しさが重視されるように見えるけれど、本当に優しいのかしら?と思うときがある。

 帰ってくる寅さんを無条件に受け入れる柴又の人たち、外からふらりと現れる旅人としての寅さんを受け入れる他郷の人たち、そいうところに日本人の原風景があるような気がしてならない。
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by koharu65 | 2012-05-20 17:43 | 本・小説・映画