過去を振り返れば羞恥心に苛まれ、未来を想像すれば不安に襲われる。ただ道を踏み外さないように、足元だけを見つめて一歩一歩進むのが精一杯。だからせめて足跡を残そう。


by koharu65

<   2008年 01月 ( 13 )   > この月の画像一覧

感情

 人の感情とは不思議なものだ。泣いたり笑ったり怒ったり。時々、今感じているこの気持ちは本物なのだろうか、と思う。自分で自分を騙しているだけじゃないか、自分で作った物語の中である役を演じてるだけなんじゃないか、という感じがよぎる。

  人的感情真不可思议。又哭又笑又会生气。有时我会想,现在感觉到的这个感情是否真实。是不是自欺欺人,或是在自己编的故事里演某个角色而已?这样的疑问时常会涌上心头。
by koharu65 | 2008-01-31 00:00 | 雑感
 素敵な夢を見た。
 北海道から静岡まで帰るのに、ある店の店員がバイクで送ってくれるという。大型のバイクに、運転手の若い男性と、私と友人の女性、それからやせっぽちの小さな女の子、計4人がまたがる。途中、耕したばかりの黒々とした柔らかな大地が広がる中を走っていると、一番後ろに座っていた私がおんぶ紐で背負っていた猫が滑り落ちた。まるで馬場のぼるの絵本、『11ぴきのねこ』に出てくるような猫が「あああ~」と大きな口をあけて、背中から滑り落ちた。
 私たちはバイクを止めて、猫を拾った。店員が右手に広がる畑に降りて、何か掘り出した。両手に乗せて私たちに見せる。手の中にあったのは、数個の、ころころと丸く白く、つややかなじゃがいもだった。
 またしばらく走ると、今度は左手の大地に大きな穴が掘ってある。畑の土と同じように黒々として柔らかな土が、掘った穴の入り口に積んである。私たちは好奇心に駆られて、穴の中に降りていく。足元も壁も柔らかい土でできている。雅楽の調べが流れる。お寺の金堂にあるようなきらきらした飾りが、天井から吊り下がって、ゆらゆらと揺れている。この穴は参拝用の穴なのかもしれない。この奥には穴を掘った 人物がいるようだ。私は、そこにはおそらく観音菩薩がいるのだろうと、思った。

 土が、豊饒の大地を想起させるとてもよい土で、柔らかくざくざく掘ってあるのに、穴がくずれる恐れなど少しも感じず、なんだか心が豊かになるような気持ちになった。
by koharu65 | 2008-01-29 00:00 | 夢の話

解放


森の奥へ入る
枯葉を踏みしめて

かさこそ かさこそ

湖のほとりに跪き
鏡のような湖面を覗きこんだ



水の中に私がいる

私が見つめれば
水の中の私が見つめ返す

私が口づけすれば
水の中の私が口づけを返す

私が手を伸ばしたら
水の中の私も手を伸ばし

私は水の中に

水の中の私は水の外に



水の外の私は笑みを浮かべ
森の中へ走り去る

私は水の中で思う

ああ、水の外の私は
森の中でかろやかに踊るだろう
枯葉といっしょに
踊るだろう



私は水の中で待つ

彼女が戻るのを

by koharu65 | 2008-01-26 00:00 |

靴屋と老女(夢の話)

 石造りの古いデパートに古い友人と共にいる。銀行の金庫のように厚いエレベーターのドアを手動で開閉する。どこもかしこも古ぼけていて、薄暗く、狭い。エレベーターで屋上に上がると、靴の修理屋が露店を出していて、長い客の行列ができていた。白髪の男性が二人、屋台の中で立ったまま靴を修理している。屋上の真ん中には、二人の老女が敷物を敷いた上にちょこんと正座していた。何か商売をしているのだが、何の商売なのか具体的にはわからない。その向こうに、白いシートが敷いてあり、真ん中には無造作に投げ入れられたコインや紙幣が山積みになっている。靴の修理屋も老女たちも古い人間なので、今日からここで商売ができなくなるらしい。シートの上のお金はそれを惜しむ皆からの寄付金である。
 私は無性に悲しくなって、大粒の涙をぽろぽろと流す。ああ、老女たちとも今日でお別れなのだ、と思うと、悲しくて悲しくて仕方がない。城壁のような屋上の手すりにもたれかかって、私はぽろぽろと涙を流す。
 
 古ぼけたデパートの雰囲気が数日前に見た夢の中の時計屋の空気と似ている。靴の修理屋というのも時計屋と何か関連があるかもしれない。白いシートの上にお金が集められている様子はお正月の神社みたいだ。すると老女たちは神様なのだろうか。
by koharu65 | 2008-01-24 00:00 | 夢の話
 なんだか大げさなタイトルだが、ただの夢の話。
 ある町で、エイリアンか何か得体の知れないものに、人々が体を乗っ取られていく。乗っ取られた人は、外見は変わりないが、全くの別人になってしまう。感情のない人間らしくない生き物となって、冷たい目をして街中を歩いている。私は彼らから子供たちを守るために、そして、肉体を乗っ取られた人々をなんとか元に戻そうと、数人の仲間と共に町に滞在している。町を歩く時は、私自身も彼らの仲間だというふうに演技しなければならない。仲間でないとばれたら、襲われるのだ。私たちは警戒しながら町のあちこちを探る。周りの人間がすべて恐ろしい敵だという緊張感が、次第に私の体力と気力を奪っていく。
町中がすべて占拠されて、私たちも追い詰められ、もうだめだと思ったとき、別の街から大勢の人間が橋を渡ってやって来た。以前同じような目にあって私たちの組織が助けた別の町の人間たちが、私たちを助けに来たのだ。
 ふと気が付くと、私は時計屋の一角で布団に寝かされている。私は町が元に戻ったことを知る。友人が私に抱き枕を差し出して、ゆっくり眠るように促す。私は枕を両腕両足で抱え安心して眠る。
 長い眠りから覚めた後、私は気力と体力が回復していることを実感する。気分がとてもいい。起き上がって時計屋のショーウィンドウを眺める。見るからに安物のシンプルな掛け時計や置時計が並んでいる。それから輝きのない古びた宝石類。友人が隣から「偽物でしょ」と声を掛ける。恐竜の形をした用途のわからない置物。ショーウィンドウの向こうには背が低く小太りで頭の禿げた時計屋の親父が立っていた。私はその主人の表情を見て、ああ人々は元に戻ったのだと、改めて心からほっとするのだった。
 実を言うと、この夢の前半は2,3週間前にネットで見た古いSF映画『スナッチャー』にそっくりだ。格別面白くも印象にも残らない映画だったのに、しかも半月以上も前に見た映画だったのに、なぜ今頃夢に見たのか不思議で仕方がない。けれど、夢の後半、時計屋の場面以降はオリジナルで、深く心地の良い眠りから目覚めたときの充実感や安心感が忘れられない。温かな世界が回復したのだと思った。
by koharu65 | 2008-01-20 00:00 | 夢の話
 連休の間に集まった5人の子供たちも、今週は散り散りになって、静寂が戻った。一番小さな3歳の女の子はおしゃべりで、大きな声でひっきりなしにしゃべっていた。顔をほとんどくっつけんばかりに近づけて、にこっと笑って甘い声で「XXちゃん、だ~いすき」などと言う。女の子というのは幼い頃から本能的に媚態を備えているのだろうか。
 私もその甘い声を聞き柔らかな肌に触れるのがとても心地よく、しょっちゅう抱きしめていた。連休が終わり、腕の中から彼女の温もりがすっぽりと抜け落ちてしまったことを寂しく思う一方で、戻ってきた静寂にほっと一息ついている。
 私自身は4人兄弟で、幼い頃は両親、祖父母、独身の叔父叔母と10人が一つ屋根の下に住んでいた。毎日がこの連休以上の喧騒であった。

 アイザック・アシモフという作家のSF小説が好きで、最近、本棚の2冊(『鋼鉄都市』と『夜明けのロボット』)を読み返した。小説の中には、スペーサーと呼ばれる地球から宇宙に殖民した植民者たちの末裔が登場する。彼らは数十の惑星に別れ住み、それぞれ惑星単位の国家を建設している。病原菌を排除し、三百年以上の長寿を実現し、身の回りのことは全部ロボットに任せ、個人個人の人間にとって最大限に快適な環境を整えた。人口は抑制され、木々や湖のある広々とした領土に広々とした住まいを確保し、子供は親とは別に専門の施設で養育される。
 一方、地球には、スペーサーたちが地球からの移民を受け入れなくなり、自力では宇宙を開拓できない何十億という人々が肩を寄せ合いひしめき合って暮らしている。すべての人が地下の集合住宅に住み、配給されたチケットを持って共同食堂や共同浴場に通う。そしてそれぞれの人間はそれぞれの働きによって階級が定められ、生活上受けることのできる様々な権利が等級別に制限されている。
 物語の舞台は、個人の幸福を追求し実現したスペーサーの世界と、何十億という人類を限られた資源によって養うために個人の生活に制限を設ける地球と、この対比的な二つの世界であり、そして物語の未来は、スペーサーの衰退と、新しい惑星を開拓することを決意する地球人の繁栄である。
 個人の幸福を追求した末が、その世界全体の衰退をもたらすというパラドックスが面白い。スペーサーの世界では人間関係が希薄になり、気力や好奇心、冒険心が衰えてくるのである。もちろんこれは架空の物語なのだから、実際にそんなふうな理屈が通るものかどうかはわからない。
けれど、連休中の喧騒とその後の静寂の中、本を読んでいてふと思ったのは、人間が狭い範囲の中でぶつかり合って暮らしていくことがもたらす恵みである。その恵みとは豊かで雑多な感情の交流を通して培われる人間への理解だと思われる。ひっきりなしにしゃべってまとわりついて私を邪魔するこの子がどんな時に笑って、どんな時に泣いて、どんなことに喜んでどんなことに怒るのか、病気の祖母がいつも黙って布団の中で微笑んでいたこと、祖父がぶつぶつと母の悪口を言い、母が悲しい顔をしていたこと、叔父や叔母の恋愛話、両親の喧嘩、兄弟の喧嘩、様々な喧騒が人間の感情の機微を、それから人間の感情の温かさを物語る。
 そして、私が今、静寂の方をより愛するのは、もしかしたら衰退の兆しなのかもしれないと思う。
by koharu65 | 2008-01-19 00:00 | 雑感

命の匂い


命よ

傍らに眠る

あたたかで
やわらかで
なめらかな
命よ

夜の闇に
甘い芳香を放つ

温めたミルクの匂い
陽光を吸った干草の匂い
熟した山桃の香り

命の匂いを抱いて眠る

by koharu65 | 2008-01-14 00:00 |
c0173113_131815.jpg





夫の不倫を暴露する胡紫薇(左)とそれを制止する張斌(中央)

 2007年12月28日、中国国営テレビ局CCTVは、08年1月1日から放送予定の五輪専用チャンネル設立の記者会見を行った。
 世界各国から集まった大勢の新聞記者が見守る中、CCTVスポーツチャネルの司会者である張斌が、あるオリンピック選手の名前を読み上げ、壇上に招き入れようとしたちょうどその時であった。突然、キャメル色のダッフルコートを着た一人の女性が舞台に現れた。それは、司会の張斌の妻で、北京テレビ局(BTV)のアナウンサー、胡紫薇であった。
 彼女はマイクを手にし、次のように語った。

 「私が今日ここにいるのは、キャスターとしてではなく、今私の隣に立っている張斌の妻としてです。今日は五輪チャンネルにとって、そして張斌にとって特別な日ですが、しかしわたしにとっても特別な日となりました。なぜなら、夫が別の女性と不適切な関係を続けているという事実が、2時間前に分かったからです。」
 「来年はオリンピックの年です。全世界の人々が中国に注目しています。しかし、フランスのある外相が言ったように、中国人がもし価値観の上で、何か欠けているのならば…それら一切はいったいどういう意義があるというのでしょうか?何の意義があるというのでしょうか?(彼女を制止しようとするスタッフに対して)…か弱い女性に何をするの?何の力もない弱い女性に対してこんな態度を取るっていうの?」
 「フランスのある外相が以前こんなふうに言いました。価値観を輸出できるようになるまで、中国は大国とはなり得ないと。…私たちの前で道徳家ぶって…内心では自分自身に対して、そして自分が傷つけた妻に対して顔向けできるはずがない時にさえ。…中国が大国になるですって?…貴方たちはいったい少しでも良識があるっていうの?…放しなさいよ!…大国とは程遠いわよ。」
 「皆様明日からよい休暇をお過ごし下さい。私と夫にはもう不可能ですが。」

 最後に彼女は、「申し訳ありませんでした。」と頭を下げ、舞台を降りた。

 このニュースは一気に中国の各ニュースサイトとブログに流出し、中国のネット史上最高アクセス数の映像記録を作った。
動画投稿サイトYoutubeにその映像が掲載されている。
http://jp.youtube.com/watch?v=VLNNqywRjbI

 知的で端正な容貌、アナウンサーならではのよく通る声とはっきりした語り口、毅然とした態度、たった2時間前に知った事実であるという告白は、それが夫の面子を失わせるという計画的な復讐劇ではなく、夫を愛するがゆえ、社会的な道義を問いたいがゆえ、怒りに我を忘れた突発的行動であると思わせた。同性であることから自然に生じる同情心と併せて、そのような映像的効果から、私は自然と彼女の方に肩入れしつつ映像を見終えた。
 これが日本での出来事だったら、単なる家庭の事情の暴露であり、ワイドショー的なネタにすぎない取り扱われ方になると思う。けれど、ここが彼女の賢さだと思うのだが、彼女は、夫の浮気話をオリンピックの開催と絡めて国家全体の道徳観、社会問題を問う方向に持っていった。
 中国では改革解放以来資本主義の波が押し寄せ、お金さえあればなんでもできるとういういわゆる拝金主義がはびこっている。裕福な男性が愛人を持つことが一種のステイタスでもあり流行でもあるような風潮がある。彼女はそういう社会的現象を突いて、オリンピック開催という記念すべき年にあたって、いったい本当に中国は大国としての品格を備えているのだろうかと、問うている。
 彼女はダンボール肉まん事件を報道した番組のプロデューサー兼キャスターであった。事件で彼女はキャスターとしては事実上、干された。取材は実は捏造であったということで、事件の幕は引かれたが、実際、捏造であったかもしれないし、もしかしたらそうでなかったかもしれない。真実はわからない。どちらにしても事件の幕は権力によって引かれた。
 中国では日本とは比べ物にならないほど、女性が社会に進出している。だからつい、あたかも男女同権が実現している社会であるかのように錯覚してしまう。けれども、彼女たちが社会的地位を獲得するためには男性並みのあるいはそれ以上の努力が要求される。社会的に成功すること、同時にステイタスのある伴侶を見つけて立派な家庭を築くこと、彼女はそれを自分自身の力によって手に入れたのだ。社会的な地位を失った後は、夫だけが彼女にとって心の拠り所だったのではないか。
 或いは、これは単なる夫の面子をつぶすための復讐劇に過ぎないのかもしれない。妻の尊厳が踏みにじられたことに対する怒りなのかもしれない。けれども、彼女はその個人的な怒りを、社会的問題に重ね合わせることによって、多くの市民の感情に訴えかけ、共感を得た。彼女の言葉は、今の中国が追求しているのは国家の体面、国家の発展であって、個人個人の幸福の追求ではない、と感じている多くの人々の感情を揺さぶったのだと思う。国が何ものにもまして優先しようとしているものと、個人個人の人間的な生活に関わる幸福のあり方とが大きくずれる一方で、言論によって国家的事業に不満を訴えることすら許されない中、多くの人が彼女の発言に衝撃を受け、それをガスの噴出口とみなしたのではないだろうか。
by koharu65 | 2008-01-11 00:00 | 中国・中国語

怠け者の独り言


詩なんぞ書いたって 腹の足しにもなりゃしない

腹の足し
腹の足し
腹の足しを探せ

頭を捨てろ
体を動かせ
労働に精出せ

……
ほうっ、馬鹿だね
動いたら 腹が減るじゃないか

じっと座って
詩でも書こう

by koharu65 | 2008-01-08 00:00 |

世界(2)


つながりが
つながりに
つながりと
つながる

校庭の片隅のビオトープ

生命が
つながりあい
つらなりあい
かさなりあう

ささやかで濃密な世界

支えあって
互いが互いのために…
身動きとれず

役目を果たし
思いやりを発揮して…
汲々と

公共放送は告げる
お前は自由なのだと
自分の意思で
どこへでも行けるのだと

肉体は
日々生かされ
精神は
日々殺され

かくして
生命は
ささやかな世界に倦み
神に召される日を
粛々と待つ

 
by koharu65 | 2008-01-07 00:00 |